社会技術プロジェクト
目的
科学技術倫理とは、科学技術に関連する意思決定や「行為・行動」に関する総合的な考察であり、科学技術だけでなく、様々な領域の「価値」を明確化し、教育や社会的合意形成過程を通して利害関係者間で共有するためのトランス・ディシプリナリーな社会技術である。
科学技術倫理の重要性が叫ばれながらも、これを統合的に研究教育する組織がこれまで存在しなかった。本研究では、この分野では世界初の研究教育拠点である金沢工業大学科学技術応用倫理研究所を中心に、様々な社会的セクター、組織、文化圏からの人々が集い、科学技術と価値に関する対話の「場」、つまり「Ethics Crossroads」を形成し、科学技術倫理に関する価値の明確化および実践的倫理プログラムの構築を行う。理論面では、21世紀の科学技術者の行動規範に関する総合的な考察を、世界各国の倫理規範の歴史的・社会学的・哲学的分析に基づいて行うとともに、日本およびアジアの科学技術者が持つ価値観を歴史的かつ文化人類学・社会学的に調査する。さらに、実践面では、教育課程全体を通じて行う倫理教育(Ethics across the Curriculum : EAC)のプログラムを設計・開発するとともに、これを金沢工業大学において実践し、その効果を測定・評価する手法を開発する。加えて、高等教育機関における研究倫理プログラム・モデル、技術系企業における企業倫理プログラム・モデルや技術経営(MOT)における技術倫理モジュールの開発し、「価値共有」を進めるためのツールを創案・開発するとともに、これらのプログラムの実効性を検証する手法を開発する。さらに、研究者・教育者・指導者層を対象に、倫理的能力の開発・付加を促す活動を展開する教育機能について検討・実践する。
本研究の成果として期待されるものは以下のとおりである。
- 「21世紀ルネッサンス」(即ち細分化した「科学技術」と「価値に関する考察」を再統合・融合した革新的新領域である「科学技術倫理」の構築):近代科学はその成立と発展の過程で、「価値」に関する考察を徐々に排除してきた。しかし、科学技術の成果が人間社会に多大な影響を与える21世紀において、科学技術を使って、なぜ、何のために、何を作るのかといった根本的問題を含めて、「価値」を切り離して科学技術を考えることはできない。科学技術倫理は、「科学技術における価値」と「それ以外の領域における価値」の再統合・融合をはかる革新的な学術領域であり、これをわが国が中心となって構築することにより、「21世紀ルネッサンス」の震源地となりえる。
- 科学技術倫理に関する国際的リーダーシップ:科学技術倫理の領域では、これまで日本を含むアジアからの情報発信はほぼ皆無であった。グローバル化が進み、世界の工業生産や研究開発の拠点がアジアにシフトする中で、アジアの価値観を明確化し、これを踏まえた上で、科学技術者の行動規範を、世界的な視野で議論することは不可欠である。本研究で形成するEthics Crossroadsはアジアの発信源となり、アメリカ・EUに対する第三の極として、アジア・オセアニア圏の代表としてリーダーシップを発揮できる。
- 国際的に通用する科学技術倫理綱領(Global Code of Ethics for Scientists and Engineers)の提案:アジアの視点をもった倫理綱領を創案および発信できる。このような発信をすることにより、アジアの科学技術に関する価値観(例えば、自然との共生・循環思想・「場」の概念)を、技術者の行動規範に組織的に反映させることができる。
- 社会技術の視点を持ち、主体的に科学技術倫理教育ができる人材を約100名養成:「社会技術としての科学技術倫理」という視点を持った人材を養成することにより、現在、我が国の工学系高等教育機関で進められている技術者倫理教育にsystemicな影響を与えることができる。
- 大規模EAC(Ethics across the Curriculum)プログラムのモデルの構築:科学技術に関連する倫理的判断能力を測定評価する手法の開発を含めて、大人数を対象とする「価値共有」を目的とした教育・研修プログラムのモデルを提供することにより、我が国の高等教育の変革に寄与できる。また、社会教育に新たな視点を与えることができる。
- 高等教育・研究機関における研究倫理プログラム・モデルおよびその実効性検証方法:「価値共有」型研究倫理プログラムのモデルを構築することにより、高度化・細分化する大学や研究機関における科学技術の研究を健全に推進できる。
- 学技術倫理と整合性を持った企業倫理プログラム・モデルおよびその実効性検証方法:品質、環境、社会貢献、コンプライアンスを、企業の社会的責任(corporate social responsibility: CSR)の概念の下で統合した企業倫理プログラムのモデルを構築することで、我が国の企業、特に、高信頼性を求められる技術系企業の組織改革に寄与できる。
- 成長し進化するデータベースともいえる人的なネットワークの形成:「科学技術倫理」という新領域の目的を共有する人々のネットワークを形成することにより、個々人の活動の効率化と組織的な協働を促進できる。また、この新領域における知識体系の形成を加速できる。