イノベーションプロジェクト

金沢工業大学 × NTTアノードエナジー (環境省補助事業)
地域GX(グリーントランスフォーメーション)共創プロジェクト

カーボンニュートラルの未来を拓く、直流スマートグリッドの可能性

2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする「カーボンニュートラル」の実現に向けて、様々な試みが始まっています。その中でも電気エネルギーを取り巻く環境は、再生可能エネルギーの導入や電気自動車(EV)の普及によって大きく変化しようとしており、数々のイノベーションの可能性を秘めた分野のひとつです。

金沢工業大学ではかねてより「再生可能エネルギーによる地域のエネルギーマネジメント」をテーマとして、石川県白山市にある白山麓キャンパスで実証実験を行ってきました。その成果を踏まえ社会実装へと発展させていくプロジェクトを、NTTアノードエナジーと共同で、環境省からの補助事業として、扇が丘キャンパスを舞台に2022年からスタートさせました。それが「直流スマートグリッド事業」です。

直流給電技術と再生可能エネルギーによるCO2削減や、災害時のエネルギーレジリエンスを実事業で達成・確認するとともに、電気エネルギー地産地消の可能性を追求するプロジェクトとして、産業界、自治体、研究機関など様々な分野から注目を集めています。

【キーワード】

エネルギーの地産地消/地域グリッド/エネルギーハーベスト/セクターカップリング/直流給電システム/蓄電システム/カーボンニュートラル/エネルギーレジリエンス/グリーントランスフォーメーション

カーボンニュートラルに向けた国の取り組み

2050年カーボンニュートラルへのロードマップ

日本は2020年10月、「2050年におけるカーボンニュートラルを目指す」ことを宣言しました。カーボンニュートラルとは、人為的に排出されるCO2など温室効果ガスの「排出量」から、植林や森林管理などによる「吸収量」を差し引き、その合計を「実質的にゼロにする」ということを意味しています。

現在、世界120以上の国と地域が「2050年カーボンニュートラル」の目標を掲げ、それぞれの取り組みを始めています。日本は、2013年度を基準として2020年度には21.5%の温室効果ガスの削減を行ってきましたが、これを2030年度までに46%削減。そして来る2050年度には実質ゼロとするロードマップを策定し、様々な施策を実行しようとしています。

GX(グリーントランスフォーメーション)とは

そこで政府によって提唱されているのが「GX(グリーントランスフォーメーション)」という概念です。GXとは、「脱炭素社会の実現に向けた取り組みを通じての経済社会システム全体の変革」と定義されています。温室効果ガス排出削減目標達成に向けた取り組みを「経済成長の機会」ととらえ、単に脱炭素社会の実現を目指すにとどまらず、産業競争力の向上や、さらには経済社会システムの変革をも志向するものです。

近年、GXへの関心は様々なセクターで高まっています。例えば世界の投資市場において急速に拡大している「ESG投資」もそのひとつです。ESG投資とは、従来の財務情報だけで投資先の企業を判断するのではなく、環境(Environment)、社会(Social)、企業統治(Governance)に配慮している企業を重視・選別して行う新しい投資のことです。今後の地球環境のみならず、産業・経済を考える上での重要なキーワードとなっています。

環境省のバックアップ

こうしたGXの考えに基づき、環境省が提唱しているのが「地域循環共生圏づくり」の推進です。地域循環共生圏とは、自分たちの足元にある地域資源を活用し、環境・経済・社会課題を同時解決するビジネスや事業を立ち上げながら、地域の個性を活かし地域同士で支え合うネットワークを形成し、地域でのSDGsの実践(ローカルSDGs)によって「自立・分散型社会」を志向しようというものです。

企業や自治体、大学などの学校や研究機関、NPO、地域コミュニティなど多様な主体とそれらの連携によって、全国各地で展開されています。

「直流による建物間融通モデル創出事業」を活用

環境省では、「カーボンニュートラルとビジネスをいかに結び付けるか」をテーマに、補助金をはじめとする様々な支援策を準備し、地域循環共生圏の実現をバックアップしています。例えば、「再エネ主力化・レジリエンス強化促進事業」もそのひとつ。その中の支援策である「平時の省CO2と災害時避難施設を両立する直流による建物間融通支援事業」を活用して、金沢工業大学がNTTアノードエナジーとの連携のもと、地域GX共創プロジェクトとして展開している事業が「金沢工業大学扇が丘キャンパス直流給電設備導入事業」です。

「直流」による地域GXへの試み

実証実験から社会実装へ

環境省の支援を受けNTTアノードエナジーと共同で展開する「金沢工業大学扇が丘キャンパス直流給電設備導入事業」は、「社会実装による課題解決」として位置づけられています。「社会実装」とはプロトタイプによる「実証実験」で得られた成果を、事業化を視野にブラッシュアップし社会への普及・定着へと橋渡ししていくフェーズを指す言葉です。金沢工業大学では、2018年より白山市の白山麓キャンパスにおいて「実証実験」を行ってきましたが、その成果を踏まえ「社会実装」の段階にステップアップさせる事業として、今回の「直流給電設備導入事業」を位置づけています。

かねてより白山麓キャンパスで行ってきた実証実験では、太陽光発電、風力発電、バイオマス発電などによる「創エネ」と、リチウムイオン蓄電池やバイオマスの熱(温水)などによる「蓄エネ」を組み合わせ、直流による電力供給システムを構築し、災害時でも自立運転可能な技術の開発を行ってきました。また温水をキャンパス内のイチゴ圃場に供給し、農業との異分野連携の可能性も探るといった実験も実施。再生可能エネルギーの利活用と地産地消、エネルギーレジリエンスの向上をテーマとするものでした。

今回の「直流給電設備導入事業」で構築する「直流給電システム」は、白山麓キャンパスでの実験成果を踏まえ、扇が丘キャンパス内に大規模な太陽光発電による「創エネ」設備、リチウムイオン蓄電池による「蓄エネ」設備を設置するとともに、直流による電力融通を実現し、カーボンニュートラルや電力レジリエンスの強化などを目指すものです。

プロジェクトのアウトライン
金沢工業大学扇が丘キャンパス 直流給電システム

扇が丘キャンパスの広さは約18万平方メートル。公道を挟んで南北2つの校地には、約7千人の学生や教職員が学び勤務しています。このキャンパス内の体育館など2つの建物の屋上に合計160kWの太陽光発電設備、それぞれの近隣にリチウムイオン蓄電池の蓄電コンテナを設置します。太陽光発電の年間総発電量は約17万7,000kWhで、一般家庭換算で約42世帯分の消費電力に相当します。太陽光発電でつくられた電気を南北校地に供給するために、一般送配電から独立した全長約4kmにおよぶ直流の自営線網も整備。

電力会社の電気は交流で送られてきますが、負荷であるLEDやサーバーは直流で動作するため、必ず交流から直流へ変換する必要があります。このプロジェクトでは、太陽光パネルが発電する直流の電気を、直流のまま、キャンパス内のLED照明やサーバー、ポンプなどに供給することで、交流から直流への変換ロスを削減します。太陽光の再エネの電気と高効率な電力供給によって、年間177トン(設備導入前比43%)のCO2削減を目指します。

創る「太陽光発電」
送る「DC1500V幹線」
貯る「蓄電コンテナ」
使う「LED照明」

共同事業のキーワードは「直流」

ではどういう経緯で金沢工業大学とNTTアノードエナジーが共同事業を行うことになったのでしょうか?

NTTアノードエナジー株式会社 守田 和雄 執行役員

「そのキーワードは『直流』だったのです」と、同社執行役員の守田和雄氏は語ります。

「当社は2019年、NTTから100%の出資を受け設立された会社です。カーボンニュートラルを実現するエネルギー流通の構築を事業ミッションに、グリーン発電や地域グリッド事業などに取り組んでいますが、その技術的なシーズとなっているのは、通信事業で100年以上にわたって積み重ねてきた『直流電力供給』と『蓄電池』のノウハウです」

NTTの通信ビルでは、電力会社から交流で配電された電力をいったん整流装置を通じて直流に変換し、通信装置に供給しています。24時間365日電力供給を継続することが求められる通信装置では、信頼性が高く変換ロスが少ない高効率の直流給電が欠かせないからです。

「NTTの『通信の電気を止めない』という使命を持つ当社は、直流給電技術に加え、離島の公衆電話の自立電源のために太陽光発電設備を導入した1962年以来、約60年に及ぶ再生可能エネルギー活用のノウハウを蓄積しています。こうしたノウハウを組み合わせたソリューションの社会実装を考えていた時、金沢工業大学・泉井先生との出会いがあったのです」

金沢工業大学 電気電子工学科 泉井 良夫 教授

一方、金沢工業大学でこの共同事業を主導する泉井良夫教授(工学部電気電子工学科)は次のように語ります。

「NTTと金沢工大は、5Gなど通信分野の産学協同を通じて、かねてよりお付き合いを深めてきました。直流については、白山麓キャンパスでの実証実験でも変換ロスの少ないレジリエントな電力として研究を進めてきたのですが、社会実装のためには実際の通信ビルで長年の運用実績があるNTTのノウハウが欠かせないとの考えから、NTTアノードエナジーとの共同事業に踏み切りました」

大学という社会実装に向けた格好の場所

今回のプロジェクトにおいて、NTTアノードエナジーは太陽光発電や蓄電池、直流での自営線等の設備導入と運営維持管理を担当。金沢工業大学は設備導入の場所提供のほか、発電・蓄電・配電設備の有効活用の検討および運用維持管理への協力を行うこととなっています。

「共同事業のパートナーとしての金沢工業大学の魅力は、白山麓キャンパスでの実証実験のノウハウを保有していることの他にも、7千人もの学生と教職員が実際に利用する『ひとつの街』に匹敵する施設だからです。加えて、キャンパス内の体育館は避難した住民が一時的に生活できる野々市市の拠点避難所でもあり、周辺地域での社会的な役割も担っています。格好の社会実装の場であり、当社の今後の事業展開にとって『顔』となりうる場所でもあったからです」と守田執行役員は期待をにじませます。

学生にも社員にも新鮮な刺激

学生たちにとっても、この事業は大きな刺激となっているようです。「再生可能エネルギーやカーボンニュートラルは、社会的な意識の高まりもあって学生たちの関心も非常に高いです。そしてこの事業のために導入した様々な設備や機器の『現物』に触れることができます。また、運用の実データを扱うこともできます。この教育効果は絶大です。オープンキャンパスの際にも、興味を示す高校生たちも多いです」

社会に役立つ人材育成という大学の使命を果たす上でも大きな意味があると、泉井教授はプロジェクトを評価します。

一方、企業サイドはどのように受け止めているのでしょうか。

「このプロジェクト、当社の社員たちにも大きな刺激となっているんですよ」と守田執行役員は述べます。「先にも述べましたが、直流は当社が長年取り扱ってきた技術です。通信分野ではある程度成熟した技術ですが、そこに今回の試みによって再び光が当たり、社会の注目を集めつつあります。そのことを誰よりも喜んでいるのは社員です。『これまで培ってきた技術が、世の中の新しい分野の役に立つ』と。社員のモチベーションの面でも、今後の人材育成の面でも、様々な価値のある事業だと実感しています」

直流給電システムの可能性

「直流のこれから」を展望する

現在の電力供給システムは、ほとんどが交流で構成されています。しかし太陽光発電などは直流で発電し、蓄電池や電気自動車もまた直流です。近年では再生可能エネルギーの導入拡大や半導体の進歩もあり、停電しにくく安定した電力である直流が、次世代の電力供給システムとして見直されつつあるのです。

創る太陽光発電など再エネは直流が主力
貯める蓄電池やEVは直流で蓄電・稼働
配る周波数がなく電圧だけであり変動に強い
使うLED、パソコン、スマートフォン等の内部が直流で動作する機器が増加

今後、日本および世界の電力供給システムは、歴史的に構築されてきた交流システムへ、徐々に直流システムが導入され、互いが連携し、それぞれの良さを活かしながら相互補完し共存するものとなっていくでしょう。例えば、交流で配電されてきた電気を直流配電に転換し一定の地区に給電したり、電柱に交流・直流変換器を設置し、各建物のユーザーごとに直流給電したりする。あるいは新興国など広域の交流配電が十分普及していない国や地域では、ある程度のエリアで直流によるマイクログリッドを構築する――など、様々なシナリオが考えられます。

より広範な地域に展開

こうした多様なシナリオを想定しながら、今回の扇が丘キャンパスのプロジェクトでは、直流配電を構築し運用します。再エネによる電力供給でCO2の削減を図りつつ、常時は、電力会社の交流送電網から不足する電力を供給しますが、災害時など商用系統停電時は、系統から切り離して独立した直流給電システムとして電力を供給します。

「このプロジェクトは、扇が丘キャンパスの中だけで終わるものではありません」と泉井教授は今後を展望します。扇が丘キャンパスから周辺の市街地へも直流システムによる供給エリアの拡大を図り、周辺地の太陽光発電や蓄電設備といった地域リソースと連携しながら、地域全体のカーボンニュートラルとエネルギーレジリエンスの向上を実現していきます。また将来的な交流システムとの共存を想定し、直流配電と交流配電の連携における技術的な諸問題、法制度上の諸課題、直流への社会的な認知度向上といった課題にも取り組んでいく考えです。

「プロジェクトの進展に伴って、例えば地域の住民の皆さんが『創エネ』や『蓄エネ』の分野で参加いただく仕組みや、そのための啓もう活動など、ソフトとハードの両面でいろんな課題が浮上してくるでしょう。自治体をはじめ様々なセクターの方々にもご参加いただき、共にイノベーションを起こす機会にしたいです」と守田執行役員は期待を込めます。

「扇が丘キャンパス直流給電システム」のこれからの展開に、ぜひご注目ください。

(取材:2023年 2月17日)

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