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心理科学研究所

Laboratory of Psychological Sciences


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ポジティブ心理学

 金沢工業大学心理科学研究所は,ポジティブ心理学を大きなテーマとして活動しております。そこで,ポジティブ心理学とは何なのかを簡単に説明しておきます。
 ポジティブ心理学と言っても,従来の心理学と同様,科学的な方法を使用して研究を進めて行きます。わが国の心理学では,特に学術的な領域では,ポジティブ心理学という用語が使用されることは少ないですが,ウェルビーイング(well-being)といった用語が使用されている研究はわが国でも増加しております。

  • ポジティブ心理学のはじまり

     ポジティブ心理学という用語が,現在の意味で使用されたのは,1998年にアメリカ心理学会の会長となったセリグマン博士(Seligman, M. P. E.)が会長講演で使用したのが初めてであると言われています。ですから,比較的新しいと言ってもよいでしょう。
     先に述べたように,従来の心理学と異なる特殊な方法論を採用するわけではありません。科学的な方法論を採用して,科学的に研究を進めて行くのですが,従来の心理学と大きく異なるのは,人々の幸福の増進のために貢献するという方向性が明確なことだと思います。
     伝統的な心理学では人類全般に共通する普遍的な心理を探求するという方向性を持っていました。また,伝統的な臨床心理学では,人々の問題や障害に焦点を当て,それらを査定し,心理的な治療法を見つけ,クライエントに適用し問題や障害の軽減を図り,それらのメカニズムを解明することに大きなエネルギーを費やしてきました。
     これらのことが無意味であるというのではありません。むしろ,このために効果的な心理的な治療方法が多く開発されてきましたし,役立ってきたのも事実です。ただ,人間の普遍的な法則の探求や,問題や障害にあまりにもこだわり過ぎ,人間の素晴らしい側面に注意を向けることが少なかったという伝統的な心理学に対する反省から,ポジティブ心理学が生まれてきたのも事実です。

  • ポジティブ心理学の特徴

     ポジティブ心理学に特徴的なテーマとして,幸福(happiness),幸福感(well-being, subjective well-being),性格的強み(character strength),PTG(post-traumatic stress growth,心的外傷後の成長)等があり,伝統的な心理学ではあまり扱われなかったものです。
     たとえば,PTSD(posttraumatic stress disorder,外傷後ストレス障害)を例に説明してみましょう。PTSDとは,非常にストレスフルな状況に遭遇することで発症する精神障害ですが,ストレスフルな状況に遭遇した多くの人は一時的に心理的な変調を来たします。また,多くの人は自然に回復していくのですが,中には長期にわたって心理的な変調に見舞われ続ける人もいます。こういう変調(症状)に注意を向け,罹患しやすい人や,心理的な治療法を開発してきたのが従来の臨床心理学です。これに意味があることはおわかりでしょう。
     それに対して,人々の回復過程に注目するとレジリエンス(resilience)といったポジティブ心理学でよく扱われるトピックになります。また,癌の診断を受けた多くの人はショックを受けますが,それを機に自分らしい自分として生きていく人も多くいます。これをPTGと言います。心理的な外傷を機に,心理的な成長を遂げていく力を人類は備えているのです。そこに注目したのがPTGという概念です。
     他にも,喜び,希望等のポジティブな感情,レジリエンス(ストレスからの回復力,しなやかさ),フロー(没入体験),徳性(virtues,美徳)等の従来の心理学ではあまり扱われなかったテーマが数多くあります。

  • ポジティブ心理学と臨床心理学

     ポジティブ心理学の特徴は人間のポジティブな側面に焦点を当てることだと述べましたが,ネガティブなことを無視するわけではありません。我々人間が生きていく過程でネガティブな経験をするのは当然のことですし,症状や問題を持った人が多く存在するのも事実です。
     しかし,悩みや症状,問題を抱えた人も,素晴らしい資質やよい資源(心理的,物理的,経済的,社会的なものをすべて含めて)を備えています。それらを活かして生きていくお手伝いをするのが,ポジティブ心理学の臨床的な側面でしょう。すなわち,症状を軽減させたり,問題行動を低減させたりするだけではなく,その人がよりその人らしく生きるための支援が最大の関心になります。
     従来の臨床心理学の枠組の認知行動療法に,ポジティブ心理学的の考え方を強力に取り入れ,融合させている形式の一例としてはポジティブ認知行動療法(Positive CBT)があります。その他にも,Positive TherapyやStrength based Counseling等,ポジティブ心理学をベースにした臨床的な方法が現れています。

  • ポジティブ心理学の拡大

     ポジティブ心理学が扱うのは,個人の心理的な面だけではありません。人間は誰もが家族や地域コミュニティの中で生きておりますし,働く人は多くの時間を職場で過ごします。したがって,個人だけを対象にするのではなく,個人と他者との関係,さらに組織や環境も視野に入れる必要があります。教育環境も職場環境も,教育組織も職場組織も,地域コミュニティも全体として,物質的にだけではなく心理的にも繁栄する(flourish)方向を目指す必要があります。これらを合わせて初めて人類全体が幸福に向かうと言えるのでしょう。
     したがって,ポジティブ心理学は心理学領域にとどまらず,ポジティブ組織論や,ポジティブ経営論といったポジティブな面に注目する学術的かつ実践的な領域が現れてきているように,心理学以外の学問分野や実践領域にも影響を与えていることがわかります。

ポジティブエクササイズ

 well-beingを高める方法をポジティブエクササイズ(positive exercise)と言います。ポジティブインターベンション(positive intervention)と言われることもありますが,実質的にはこのふたつにそれほど大きな違いはありません。大まかに言えば,エクササイズは比較的手軽で自分でもできる方法を指すことが多く,インターベンション(介入)は専門家等によって注意深く実施される場合に使用される場合が多いようです。したがって,同じ方法でもエクササイズと言われたり,インターベンションと言われたりすることもあります。
 人間は古来「幸せ」を求め続けてきましたので,ポジティブ心理学の成立以前からwell-beingを高める方法が多く考案されてきました。現在,注目されているマインドフルネスの起源もインドの仏教に起源があると言われていますし,仏教にとどまらず古代からの宗教的な行にはwell-beingを高める多くの要素が含まれているようです。わが国でも仏教の止観法や禅をはじめとしてマインドフルネスに関連する多くの伝統的な方法があります。
 このように,歴史を遡ると多くのwell-beingを高める方法が存在しますし,現在のポジティブ心理学の領域に限っても数多くの方法があります。関心のある方は,The Willey Blackwell Handbook of Positive Psychological InterventionsやPositive Psychology: Exploring the best in peopleの4冊シリーズを手に取っていただければ,「強みを見つける方法」や「逆境に耐えて進んでいく方法」等多くの方法が記述されているのがお分かりいただけるでしょう。残念ながらこれらの書籍は現在のところ日本語訳がありません。伝統的な多くの方法に比べると,ポジティブ心理学ではwell-beingを高める方法を実証的に(科学的に)検討するのが一般的です。
 わが国では科学的に健全な方法でデータをもとにこれらの検討を行った研究はまだ非常に少なく,今後に期待されている状況です。そこで,ここでは,われわれが自分自身で実際に経験してみて効果があると感じたり,ワークショップ等の参加者から効果があると実感できると言っていただいたり,実際の臨床場面で適用してクライエントから役立つと報告していただいたり,われわれの行った実証的な研究で効果が見られたりした方法に限って簡単に紹介していきます。

  • 3つのよいこと(Three Good Things)

     セリグマンの論文で非常に有名になったポジティブエクササイズの代表的な方法です。オリジナルのやり方は,1日の終わりに今日あったことを思い出して,「うまくいったこと」を3つ記載し,それぞれ「どうしてうまくいったのか」も含めて記入する方法です。
     この方法にはいろいろなバリエーションがあり,記載する数も3つに限られているわけではありません。「よかったこと」には,天気や自然の景観等何でも含めてもよいようです。
     私の経験では,「よかった」ことを記載するだけでもポジティブな気分が増加するような気がします。最初は,「よかったこと」を思い出すのが難しく,なかなか出てこないですが,慣れてくるとすぐに思い出せるようになると思います。
     この方法はわれわれが関わっている「野々市市民カウンセラー講座」にも取り入れられています。参加者のポジティブ度が参加前と参加後で上昇するのは,この方法が果たしている影響も大きいと思います(山上・松本・塩谷,2017)。
     金沢工業大学の新入生を対象に以前われわれが実施した結果では,きちんと3個記載した人は記載しなかった人に比べてポジティブ度が高くなったという結果が得られています(松本圭・山上・塩谷,et al. 2016)。
     放っておくとネガティブなことに目を向けやすいのが人間ですが,この方法でネガティブな経験とポジティブな経験のバランスが取りやすくなるのではないかと思います。個人的には,ひょっとすると「よかったこと」を記載しないでも,思い出すだけでも効果があるのかもしれないと思っています。
     CBT(認知行動療法)において認知を変える方法を実施する際,通常はネガティブな気分になった状況をクライエントに記載してもらう手続きを含みます。しかし,あるクライエントはネガティブな状況を思い出して記載するのが辛いとおっしゃったので,ポジティブな状況を記載することから始めた経験があります。結果的にはそれだけで抑うつ気分が改善しました。抑うつの程度が軽度の場合,抑うつに関係する自動思考やスキーマに触れないでも抑うつ感が軽減される可能性は高いように思いました。
     「ポジティブ日記」等もこの「3つのよいこと」のバリエーションのひとつでしょう。

  • 自分の強みを知る

     「性格的強み(character strength)」とはその人の持っている徳性(virtue)や長所(strength)のことを言います。従来の臨床心理学や精神医学が心の問題や症状を測定してきたのに対し,ポジティブ心理学の領域で大変有名なピーターソンとセリグマンが人間の素晴らしいところを測定するために作成した心理検査で測定することができます。正式な日本語版はありませんが,以下のサイトに行けば無料でこの心理検査を日本語で受検することができます。創造性,好奇心,愛情,勇気,感謝,思慮深さ,謙虚さ等24の強みが,受検者の強みが高いものから低いものへと並んだ結果を得ることができます。
    https://www.viacharacter.org/www/
     ある難病で突然入院した友人からのメールに対して,何もできないけれどもこれを受けてみたら気分が変わるかもとメールで勧めたことがありました。即座に試してみたその友人は「いいかも」と返事をすぐにくれました。10分程度で終了します。
     検査を受け,自分の上位の強みを知ることだけでも気分がよくなることが多いように思います。臨床場面等でクライエントに試してもらい,ご自分の結果を持参された時の非常に嬉しそうな様子を何度も目にしています。
     この検査を複数回受けると順位に変動が生じることがありますが,上位5位に限って言うと順位に変動があっても同じ強みが入っている場合が多いです。それで,上位5位をその人の特徴的な強みとするのが良さそうです。
     われわれがこの心理検査を勧める際は,ご自分の強みを心理検査の結果で知っていただくためだけではありません。その結果をもとにその人が自分の人生を振り返りながら,それらの強みを自分が実際に持っていると確信できるように専門家として援助します。
     個別面接ではセラピストやカウンセラーとしてですが,ワークショップ等の複数の参加者がいる場では参加者同士の話し合いを促進することによって,参加者が実感を伴って自分の強みを納得できるようになります。また,お互いの強みが現実場面でどのように発揮されているかを参加者同士で共有することは,お互いの違いを認め合い,かつ,お互いを尊重する雰囲気が生まれると多くのワークショップで感じています。
     強みを納得した先は,ご自分の強みを現実の生活のどのような状況で,どのように具体的な行動として活用できるかを考えて行きます。すぐに見つかる場合や,なかなかわからない場合もあります。また,状況によっては自分の強みが強く出過ぎて,逆に人生がうまくいかない場合が出てくるかもしれません。
     さらに,順位の低い強みの程度を上げていくエクササイズもありますが,このような事柄は個人的な事情を最大限に考慮する必要があるので,これ以上はここでは触れません。先に進めば進むほど,個人が置かれている環境を丁寧に吟味していくstrength based counselingやpositive therapyといったポジティブ心理学を基本にした個人療法に進むのがよいと思います。

  • マインドフルネス・こころの平穏・落ち着き

     ポジティブ心理学に対する誤解は,「どんな時もいつもニコニコして,悪い所や嫌な部分からは目を背ける」といったことが一般的でしょう。人生は楽しいことや嬉しいことばかりではありません。現実から目を背けるのは本当のポジティブな人生ではありません。したがって,ポジティブ心理学では,(大変な時の)希望,(難局を何とか乗り切っていく)レジリエンス,(難しい目標を達成しようとする際の)粘り強さ,(厄介なことに挑戦する)気概といった概念も重要なテーマです。このマインドフルネス(こころの平穏)も重要視されています。
     現代社会において,われわれは非常に多くの情報に晒され続けています。人間の仕組みとして,入力された情報は処理するようにできていますから,入力過多になり,脳内の情報処理が追いつかなくなることもあるでしょう。また,外部からの入力がなくても,われわれは脳の中で,自分で情報を作り出してしまいます。たとえば,心配事があるとそれから連鎖的にいろいろと悪いことを考えてしまったり,まだ,起こってもいない大変なことを予測してその対処法を考えすぎてしまったりしています。このような状態が続くと脳が疲弊してしまいますし,効率も悪くなります。こういった状態を平穏な状態に戻すことがマインドフルネスに関係するいろいろなエクササイズです。
     一番簡単な方法は,目を閉じて外界からの入力を遮断し,普段は注意を向けないどうでもよい感覚(たとえば足の裏がスリッパに触れている感覚とか)に注意を向けることでしょう。もう少し本格的に実施するには呼吸に注意を向けるのもよいでしょうし,呼吸への注意を洗練させていくと呼吸法と呼ばれる方法に繋がっていきます。
     臨床心理学では,筋弛緩法や自律訓練法の標準練習は身体感覚からリラクセーション状態を作り出すエクササイズとして以前から知られています。われわれはこれらの方法を個人療法だけではなく,小集団やワークショップで使ってきており,大きな効果をもたらすことを経験してきております。こういった方法にイメージを組合せる方法も存在します。
     臨床実践で用いられるこういった方法の起源は催眠にあるとされています。催眠状態から覚めると心身の状態が良くなることは以前から知られていて,催眠状態の心の状態を変性意識状態ということもあります。ちなみに,たまにテレビで見せられるような「催眠術師の言われたままになる」というのは催眠の非常に特殊な形態です。
     この変性意識状態から普通の意識状態に戻った時に,「すっきした」という感じが持てるように思います。人間は自分で自分の心身を無意識に調整する性質があるので,「いっぱいいっぱい」になった時に,皆さんの中には自分なりに「ぼうっとする」方法を実践してらっしゃるのかも知れません。ここで紹介した一番簡単な方法(閉眼してまったく通常と別の感覚に注意を向ける)を試してみるのはよいでしょうが,うまくいかない場合はそれにこだわる必要はないでしょう。うまくいかないことを気にし過ぎると余計イライラするからです。
     深いリラクセーションを得るためには自律訓練法を習得されるのがよいと思いますが,深いリラクセーションを得る方法は心身に大きな影響を与えることが多いので,その方法に十分指導経験のある人に指導してもらうのがよいでしょう。たぶん,これは禅や止観法にも共通することだと思います。

  • 傾聴(アクティブリスニング)

     傾聴とは相手に純粋に関心を持って,話に耳を傾けて聴くことです。相手の言い分を否定せず批判せず,相手の気持ちに沿って聴いていくことです。このことは相手が「自分が受け入れられた」「自分が自分として尊重された」という気持ちを抱き,相手のwell-beingを高めることは確かですが,同時に相手から(あなたは聴いているだけなのに)心から感謝されたり,信頼されたりする可能性を大いに高めます。
     われわれは現在継続中の「野々市市民カウンセラー講座」をはじめ,傾聴の基本的態度と基本的なスキルをトレーニングするワークショップを実施してきました。その中で,多くの参加者は傾聴することが実際の日常生活で,他者と信頼関係を築くのに大いに役立ったと報告してくれています。
     人間はひとりだけでは生きていけません。他者と関わって生きていく上で,他者と共感しあったり,お互いに信頼できる関係ができたりすることは,自発的な共助関係を育んでいく礎となります。ソーシャルサポート(他者からのさまざまな援助)を受けたり与えたりする関係が多くなれば,家庭,地域,学校,職場全体でwell-beingが増大していくでしょう。他者への共感はその基礎となるものでしょうし,相手の話を傾聴するということは共感の第一歩となるように思います。
     相手を理解したいと思いながら,なかなかうまくいかないと感じている方には特にwell-beingを上げる方法だと思います。

  • アサーショントレーニング

     傾聴もコミュニケーションスキルのひとつと考えることもできますが,ここでは相手の話を一方的に聴くのではなく,自分の言いたいことをきちんと伝えることを取り上げます。主張訓練とかアサーティブネストレーニングという言い方をすることもあります。
     アサーショントレーニングには,相手も自己表現の権利があり,自分も同様に自己表現の権利があるという前提があります。したがって,言いたいことを一方的にまくしたてたり,相手を強引に説得したりすることではありません。
     アサーショントレーニングでは,コミュニケーションのタイプを「非主張的」,「主張的」,「攻撃的」の3種類に分けます。たとえば,自分に伝えたいことがあるのに遠慮したり気遣いをし過ぎたりして何も言わないタイプを「非主張的なコミュニケーション」と言います。すなわち,相手の権利は尊重するけれども,自分の自己表現の権利は大事にしないか行使しないコミュニケーションの在り方です。他方,自分の言いたいことを一方的に話したり,必要以上に相手を攻撃したりするコミュニケーションのタイプが「攻撃的なコミュニケーション」です。この場合は,自分の自己表現の権利はしっかりと行使するけれども,相手の権利は認めない(結果的に認めていない)コミュニケーションということになります。
     一番望ましい在り方が,「主張的なコミュニケーション」です。相手の自己表現の権利を尊重しながらも自分も伝えたいことをきちんと伝えるといったコミュニケーションのタイプです。
     また,望ましいコミュニケーションを願っていても,思うだけではコミュニケーションスキルは身につきません。すべてのスキルに共通しますが,そのスキルを自然に自分のものにするには,練習が必要です。アサーショントレーニングでは望ましいコミュニケーションを身に付けていくスキルトレーニングも含まれます。
     「望ましいコミュニケーション」とは対立しないことだと誤解されることがよくあります。これは大きな間違いです。人は置かれた立場や考え方によって,相手と対立することや相手の考え方を受け入れられないことは避けられません。たとえば,「主張的なコミュニケーション」には,建設的な「喧嘩」も含まれるので,すべてが予定調和的に同じ気持ちや考え方になるというわけではありません。しかし,相手の考え方や立場が理解でき,同意はできないけれども,自分も自分の意見や考え方を相手に理解してもらえるように伝えるなら,今後どのようにしていけばよいかという建設的なコミュニケーションに繋がる可能性が高いと思います。
     「断りたいのに断れない」,「注意したいのに注意できない」,「文句を言いたいのに言えない」人にはお勧めです。相手にうまく自分の意見を伝えられないと,相手は自分のことを理解できないか誤解してしまうかもしれません。
     また,「叱る時につい言いすぎてしまう」,「カッとなって本当に思っている以上のことまで言ってしまい後で後悔する」という人にもお勧めです。人間関係が良好になればwell-beingも増大すると考えられます。
     かなり以前,それまで洋服店の店員に勧められるままに,納得できないのに洋服を買っていた女子学生に,アサーショントレーニングを数回実施していました。時間通りにカウンセリング室のドアを開け入室し,開口一番「初めて自分の意志で自分の好きな洋服が買えました!」と本当に感動して大声で報告してくれたことを思い出します。

  • AI(Appreciative Inquiry)

     アプレシエイティブインカイアリーと発音するのですが,適切な日本語訳がなく,関係者の間ではエーアイと言われることが多いです。もちろん人工知能(Artificial Intelligent)のことではありません。
     われわれ人間は一般的に問題が起こるとそれに対処しようとします。そのためには問題を分析し,問題を起きないような対処法を考え,実際にその対処法がうまくいったかどうかを確かめます。うまくいかなかったら,別の解決法を考え,それを試してみます。
     こういったやり方が必要な場合もあると思います。しかし,問題点もあります。ひとつは,たとえ,うまくいったとしても問題のない状態になるだけであることです。もうひとつは,何かする時に,すぐに問題を探す習慣がついてしまうことです。世の中のいろいろなことに欠点がないものはありませんし,何かをするのに必要な資源が潤沢にある場合も滅多にありません。そうすると問題探しの無間地獄に落ちてしまいます。
     AIはこのような発想とはかなり異なります。また,AIには「3つのよいこと」と同様多くのバリエーションがあります。ここではできるだけ一般的な話をしたいので,以下は少し抽象的な表現になりますが,ご了承ください。
     まず,問題ではなく,1)理想的な状態を考えます。理想的な状態や状況をできるだけ具体的にイメージします。2)それを実現するためにはどのような道筋があるのかを考えます。理想の状態や状況に達するには複数の道筋があるはずです。3)現在の利用可能な資源を考えます。利用可能な資源とは,金銭的なことだけではなく,時間,自分の強み,組織の強み,地理的な強み,人口統計的な強み,関係の強み等すべてのものを含みます。4)これらを考え合わせて,理想に至るできるだけ現実的な道筋を考えていきます。5)現実的な道筋と同時に現実的な目標を考え決定して行きます。6)すぐに実行できそうな具体的な行動を考え,できるだけ早く実際に行動に移してみます。
     AIは現在の問題からではなく,理想の状態や状況を夢見ることから始めますので,ポジティブな気分になりやすいと思います。また,現在あるさまざまな資源を活用しようとするので,資源がないことに対する動機づけの減退や無力感といったネガティブな気分も防げます。
     AIは,個人でも組織でも実施できます。将来像を見据えた企業や組織活動を展開する際に使うと効果的であると思います。

  • その他

     冒頭に述べたように,昔からwell-beingを高める方法は非常に多く存在します。また,ポジティブ心理学が始まってからに限っても,多くの方法が話題に上がっています。たとえば,「感謝する」ということも多くの研究でwell-beingを高めることが実証されています。また,皆さんが独自に考案したり,体験したりした効果的な方法もあるかもしれません。
     ここではわれわれが実際に,自分自身,臨床実践,ワークショップ,研修等で経験してきた方法の中で皆さんに誤解を受けずに紹介できそうなものに限りました。今後,ここで紹介した方法も含めて実証的な検討を加えていくこと,どうしてそれがwell-beingを高めるのかまで解明していくのが心理科学研究所の役割のひとつであると思っています。