コラム KAZU'S VIEW

2010年05月

A whole new worldに見る新しい地平線の彼方にあるものは何か?

懐かしい映画音楽をテーマにしたテレビ番組をしばし、見入ってしまった。マリリンモンロー、ヘッブバーン、ジュリーアンドリュースなどなど懐かしい銀幕スターの映像とそのバックに流れる名曲の数々。その中で、とても歌詞が気になった曲が"A whole new world"であった。この曲はデイズニーアニメ映画のアラジンのテーマ曲だったらしい。その中の一部にA whole new world. A new fantastic point of view. No one to tell us no. Or where to go. Or say we're only dreaming.・・・、これを私なり和訳してみる。「私の知らない新しい別世界。それはとても幻想的で不思議な世界。そんな世界を描くことはいけないと誰も言わない。でも、そんな世界の果てはどんなものだろう。それは単なる、見果てぬ夢だと言われるかもしれない・・・。この歌はピーボ・ブライソンとレジーナ・ベルのデュエット曲でアカデミー歌曲賞やグラミー賞ソング・オブ・ザ・イヤーなどを受賞。日本では「エロかわいい」倖田來未がピーボ・ブライソンと2006年にカバー曲として出している。映画の中ではアラジンが魔法のじゅうたんで世界中を旅するときにバックに流れる曲として使用されている。この話の原典はアラビアンナイト(千夜一夜物語)のアラジンと魔法のランプとされているが、実はアランビアンナイトには「アラジンと魔法のランプ」という話は入っていなかったという。また、その原典ではアラジンは中国で母親と貧乏暮らしをしていたという設定で、アラジンが叔父をかたるアフリカ出身の魔法使いにそそのかされて、穴倉の中にある魔法のランプを手にしたところから物語が始まる。ランプの魔神、ジーニー(デイズニーキャラクター)はランプの持ち主の願いを3つまで聞きとどけてくれる。但し、次の3つの願いは除かれる。人を殺すこと、恋愛関係のこと、死んだ人を生き返らせることである。一方、デイズニー映画では、砂漠の都市アグラバーに住む、貧しくも清らかな心を持った青年アラジンがある日、宮殿を抜け出した王女ジャスミンと出会い心を通わせるが、アラジンは捕まえられて牢屋に入れられてしまう。そこに老人が現れ、助けるかわりに魔法の洞窟の奥にあるランプを取ってこいと言われ、その洞窟で擦ると中から魔人ジーニーが現れる不思議なランプを手に入れた。というストーリーとなる。アラジンの夢はいつか宮殿に住みたいというもの。貧しい子供がおなかをすかせているのを見ると、自分のなけなしの食べ物も与える優しい心の持ち主が、やがて王女ジャスミンとめでたく結ばれる。彼の父親カシームは盗賊王で、幼い時に生き別れたが、やがて再会する。この映画には過去のディズニー作品の登場人物(キャラクター)が顔を見せる。ピノキオ、セバスチャン(リトル・マーメイド)、ダンボ、野獣(美女と野獣)そしてグーフィー(帽子)など見る者を夢の世界に誘うシンボル達である。 この映画の製作会社であるデイズニー社を創設したウオールト・デイズニー(ウォルター・イライアス・ディズニー)が「いつでも掃除が行き届いていて、おいしいものが食べられる。そんな夢の世界を作りたい」という発想でつくったデイズニーランドのきっかけは、彼の2人の愛娘(マナムスメ)を遊園地に連れて行った時に、父親として娘達を見守るだけの時間を過ごす中で、大人の楽しめる遊園地があっても良いのではないか?という自問自答の中で生まれたアイデアだという。アラジンの夢である王宮暮らしは、かつての日本人の夢であった3C(カラーテレビ、車、クーラー)であり、Japan As No1.だったのであろう。アラジンの優しさ日本人の人情に通じる。魔法のじゅうたんは日本人の限りない好奇心と進取の精神とも考えられる。このじゅうたんは今はインターネットなのかも知れない。夢は実現するもの。見果てぬ夢こそ、我々人間の原動力ではないか。今の日本は内向き偏り、夢追い人が減ってきているのではないか。子供も大人も夢を創り、嫁を実現することを共創する社会が地平線の彼方に日本人が描きたい「夢」ではないか。

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