コラム KAZU'S VIEW

2009年03月

日本人に大人になって欲しい-エマニュエル・トッド氏の提言-

エマニュエル・トッド(Emmanuel TODD)の取材番組を見た。彼は1951年生まれで私と同い年。歴史人口学者・家族人類学者。フランス国立人口統計学研究所(INED)に所属。作家のポール・ニザンを祖父に持つ。先月のコラムでも触れたが、彼を有名にしたのはソ連崩壊とアメリカの金融危機の予言であった。その予言は国別の乳児出生率(死亡率)を基本データとし識字率を補助指標とした予測法に基づいているようだ。乳児出生率への着目は彼の専門である家庭構造を基礎とした世界観にあると思う。彼の家庭認識は親子関係(同居、別居)・遺産相続に関する兄弟姉妹関係・いとこ間結婚の内外婚関係および父系母系の重要性に着目した農村家庭の類型化からいくつかのパターンを見いだしている。例えば親夫婦と跡取り夫婦が同居している直系家族(日本はこのパターンに該当する)、親子別居形式の核家族、親と子ども兄弟夫婦が同居形態でありながら遺産相続は平等・均等である共同体家族などがある。この類型化は逐次修正、追加されているようだ。共産主義はなぜイギリスのような先進資本主義国でなく、ソ連・中国…で実現したのか?の問いに、彼はその地域の家族構造の共通性である「権威主義的な親子関係と平等主義的な兄弟関係」を基礎とする「共同体家族」の価値観が共産主義を支えたと言う。また、家族構造に基づく経済構造の多様性として、アングロ・サクソン型個人主義的資本主義を唯一の規範とするグローバリズムを批判し、金融に過剰依存するアメリカ経済の脆弱さをいち早く指摘し、アメリカの対イラク戦争に対し、アメリカの衰退、とりわけその経済力の衰退を指摘した。さらに、世界的なイスラム脅威論に関して出生率の下降と識字率の上昇を論拠に、「イスラム原理主義」の表層的現象ばかりに目を奪われる視点に警鐘を鳴らし、着実に進むイスラム圏の近代化の実態に着目すべきことを指摘している。
彼の注目できるところは、家族の関係性を基礎にデモクラシー、経済そして政治を描くところにあると思う。個人と社会との関係を考えると最小の社会が家庭であろう。その家庭のあり方がグローバル化した世界の心的価値、経済的価値、物的価値を左右する。個人をまもる家庭があり、家庭を守る国があり、その国をまもる地球がある。その地球の未来をどう描くか?人口爆発か、核戦争か、・・トッドの着目する幼児出生率と識字率は、識字率の向上が女性の知識化を呼び、女性の知識化が子どもが確実に生きられる持続可能社会の創造をもたらすというシナリオを持っているようである。アメリカ発の金融危機後の対応策として「均衡のとれた保護主義」を提唱する彼の思いは、今回の経済問題がグローバル化の名の下で労働がコスト最小化(最適化)の対象になり、収入の減少から消費減退というサイクルにはまったのだから、そのサイクルを断ち切るために一時的に自由貿易主義から保護主義に振り子の向きを変え、所得増加による需要の創出を図り、再び自由貿易主義へと振り子の向きを変えようとする考えではないか。日本の幼児出生率の低さは少子化、高齢化の中での持続可能社会の創造という課題を提示する。その課題解決には原材料を海外から輸入し、加工して海外に製品を輸出することで世界的規模の物的および経済的価値創造を成し遂げてきた我々が、その海外依存性の中で移民の受入問題も含め、単一民族なるがゆえにその優位性を発揮できた環境を超え、真にグローバル化した民族になるための進化は直系家族を基本とする日本の家庭が識字率の高さの上に、50%を超える大学進学率を有する家族による多様性のある心的価値作りへの挑戦にあることをトッドの提言は投げかけているのではないか。

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