コラム KAZU'S VIEW

2008年03月

コブクロ、杉本真人の詩に見る母性回帰の意味-岸壁の母は今の日本を救うか-

昨年の歌謡大賞はコブクロの「蕾(ツボミ)」という楽曲だった。コブクロというミュージシャンは男2人組のシンガーソングライターである。彼らはストリートミュージシャンからメジャーデビューした。彼らの音楽づくりはレコーデイングする前にライブで歌い、聴衆の反応、意見を聞いてからレコーデイングするという方法を採用しているらしい。これは、ソーシャルマネジメント(社会システムマネジメント)論という新しい社会科学分野の方法論の適用例と考えられる。このソーシャルマネジメント論では今日の情報社会を前提とし、顧客革命がどのような社会変革を起こすか?情報社会は知識独占を開放し、全ての人が知識を共有する。これが実現した時、次の社会はどのようなものになるか?を想定して社会のありたい姿を論ずる。知識が共有されると素人と専門家の区別がなくなる。行政と民間の格差がなくなり、産業と消費者の垣根が取り払われ、教授と学生の知識量の差がなくなるという。これは従来の立場の異なる人間や組織間で、知識の一方通行がなくなり、知識の双方向の伝達により共に新たな価値を共創により作り出す社会を意味する。これまでに人類が経験したことのないネットワーク社会であろう。

さて、コブクロの話に流れを戻そう。「蕾」という曲はコブクロのメンバーの1人が母親へのメッセージとして作った曲だと聞いている。また、昨年の紅白歌合戦では吾亦紅(ワレモコウ)」という杉本真人さんが歌った曲も母親へのメッセージソングだったらしい。男にとって母親は生まれた瞬間に最初に出会う異性であり、一身同体を経験できる唯一の異性である。エジプト時代からオイデイプス・コンプレックスに象徴される難解な課題である。私自身これまで3回死に目に会っているが、その最初が母親であった。直接、母親から聞いたので救われたが、母は私を出産する際に私の命を葬り去ろうとしたらしい。しかし、現在、自分が生きていることの喜びを自分自身で確認できる時、母に感謝、母をなだめたその時の人々と母がその人々に出会えた奇跡にただ感謝するのみである。

石川県の富来海岸に世界一長いベンチがある。そのベンチのそばに「岩壁の母」の像がある。この歌は端野いせさんが息子の新二さんの復員(帰国)を舞鶴港の岸壁で待つ姿を描いたものである。意に反し、息子を死地に追いやった後悔の中に帰還を唯一の救いとして港に出迎える行動を続ける姿は人の心を打つ。戦後、日本は世界の奇跡の復興事例を実現したが、その背景の1つに「岩壁の母」にみる日本の母性があったのではないか。大いなる母心は孫悟空が天かけた釈迦如来の手のひらに似ている。しかし、この手のひらの茶番が世界を大きく動かす1つの要因になるのではないか。その意味で、今の日本の音楽シーンは日本の明るい将来を生み出す予感を感じさせる。

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