コラム KAZU'S VIEW
2025年07月
工芸王国石川の現状と背景-人間国宝に見るモノ創りの目指す価値創造のあり方-
連日熱中症アラートが発令され短い梅雨が明けた.町会最大のイベントの夏祭りの準備に取りかかる時期になった.今年の夏まつりは,来年迎える町会創立50周年に向けて町会内の機運を盛り上げる最適な機会と位置づけ,夏祭りイベントの中に,さりげなく町会の皆さんの心に強い共感の輪を広げるための方策を思案していた.そんな折,町会役員で数年前に定年退職された方が刺繍のアート作品を創っていることを聞きつけた.ご本人と直接お話しをしている内に,その方の作品が現代工芸美術の日展に出品する作品を手がけている最中であることを知った.日展と言うと自分の世界とは距離があり,遠い存在であったものが,何やら身近のものに感じられた.そんな経緯から身近な生活の中に「工芸」という世界がある金沢という地の形成過程に関心を持ち始めた.そういえば,「工芸王国石川」なるキャッチフレイズを何度か目にしてきた.これまでの自分の専門であった工業と工芸の関係,技術と技能の関係と共に,石川が工芸王国と呼ばれる現状と背景を考えて見た.
石川県には工芸技術の人間国宝(注1)が11人もいることから工芸王国と呼ばれる.2025(令和7)年時点で石川県には人間国宝11 人と重要無形文化財保持団体1団体(輪島塗技術保存会,1977年認定)があり[3,4],県民一人当たりの重要無形文化財保持者(人間国宝)の数は全国1位の数とされる[4].ちなみに, 歌舞伎など芸能部門を含む人間国宝の都道府県別認定者数は,東京都40人,京都府12人に続いて石川県11人で3位になっている[4].1994〜2025年までに認定された石川県在住の人間国宝は,木工芸の川北良造(キタガワ リョウゾウ,1994年認定),沈金(チンキン:注3)の前 史雄(マエ フミオ,1999),山岸一男(ヤマギシ カズオ,2018)および西 勝廣(ニシ カツヒロ,2024),釉裏金彩(ユウリキンサイ:注4)の吉田美統(ヨシダ ミノリ,2001),銅鑼(ドラ:注5)の魚住安彦(ウオズミ イラク,2002),蒔絵(マキエ:注6)の中野孝一(ナカノ コウイチ,2010),髹漆(キュウシツ:注7)の小森邦衞(コモリ クニエ,2006),友禅の二塚長生(フタズカ オサオ,2010),彫金(チョウキン:注8)の中川 衛(ナカガワ マモル,2004),釉下彩(ユウカサイ:注9)の中田一於(ナカダ カズオ,2025)の各氏である[3],[4]. この11人の内,21世紀に入ってから認定を受けた方は9名になる.また,工芸技術の9分野の内, 陶芸,染織,漆芸,金工,木竹工の5分野に渡っている. この背景として加賀藩前田家を中心に発展した工芸技術が代々受け継がれてきたことが指摘されている[5]. 加賀藩2代藩主(加賀前田家第3代)の前田利常(マエダ トシツネ:1594-1658年)は城内に御細工所(オサイクショ)を開き,京都と江戸から名工を指導者として招いて金工や漆工などの藩主用の工芸職人を養成した.これを受けて,加賀藩第4代藩主(加賀前田家5代)の前田綱紀(マエダ ツナノリ:1643-1724年)は,さらに,その秘伝の技を「百工比照(ヒャッコウヒショウ)」にまとめたとされる.百工比照は,工芸各分野にわたる製品や技法についての集大成で,一部の資料には産地や呼称などが記され,整理整頓されている点に大きな特色がある[14],[15].綱紀は学問を好み,藩内に学問・文芸を奨励し,豊富な書籍が収集・収蔵された書庫は,新井白石(アライ ハクセキ:1657-1725年)から「加賀藩は天下の書府」と礼賛された.今日で言う,知的資産への投資という先験的首長と言える人物が「工芸王国」の仕掛人の1人と考えられる.
「工芸」に対し「工業」という言葉がある.また,工芸と工業の関係についての議論も様々にある.伝統的に昔から作られ使われてきたもの,手作業で作られてきたものを「工芸品」と呼び,機械生産,大量生産により生み出されるものを「工業(製)品」と呼んで,対比的な使い方をされることや,工芸とは「実用品」,「日常生活の用に供されるもの」を作ること.これに対し,工業は「原料を加工」して「価値ある生産物」を製造することなどといった説明もある[16].また,「工芸」は,「和魂洋才」下の明治時代に生まれた比較的新しい言葉で,江戸時代にいろんな「技」だったものが「工芸(Craft)」と「美術(Art)」のふたつの概念に分類されたことが,複雑すぎる工芸の歴史のはじまり,という指摘もある[17].何れにしても「モノ作り」に対するプロセス(作り方/仕事)とその結果としての物(工芸品,工業品,美術品)に対する認識に関する議論になる.山口[18]は,「工芸と工業の対立(競争)」という視点からアメリカの南北戦争や日本の明治時代の国際戦略を取り上げて興味深い解説を行っている.明治政府の国際戦略として,工芸の技術力の高さで世界を驚かせる技を見せつけ,優れたデザイン性により欧州からの評価を高めて工芸品を各国に輸出し,外貨を得て国力を高めて財を築き,この財を国内の工業設備へ重点投資をすることで,日本の工業化を促進させたこと.その一方で,国内戦略としては,当時の旧幕府側勢力に対して意図的に工業化を遅らせた.その結果,現代に職人のコミュニティや技が工芸として残った地域として石川県,愛知県,香川県等を上げている.また,明治に一気に工業化が進み,手仕事を捨ててしまった地域は,今日では地域固有の強みや特徴を失い,人口流出や地域経済を守っていくチカラが失われている,という主張である.山口の上記の視点は,モノ作りにおける工芸と工業の「競争力」の視点での二者択一問題としての歴史観であろう.言い換えれば,モノ作りの「プロセス」,すなわち,人の手で作るか(工芸),機械で作るか(工業)という見方にその焦点を置いている.これに対し,モノ作りの結果としての「物」に焦点を移して見る.工芸品と工業品の違いの表現として,工芸品は「個性的な物」,工業品は「似たような物」,「同じ物」というような区別をすることがある.これは形,寸法,質量や色合いと言った品質特性値のばらつき(これらは特性値の標準偏差で表記されることが多い)の違いを意味している.この「同じ」や「似ている」は,工業品であっても製品1個1個の品質特性値は異なるため,特性値に一定のゆとり(許容幅)を与え,これを「公差(tolerance)」と呼び,この公差内に収まる製品を「適合品」として「同じ物」と見なす,という認識法に基づいている.そして,如何に多くの生産物をこの公差内に納めるかが「品質管理」の課題の1つとなる.この公差という概念を導入することで部品と製品を別々に作っても,「現物合わせ」することなく製品が作れるという「分業」(注10)生産という枠組みが作られた.この分業の概念を産業革命によって人類が手にした巨大なエネルギーを生産活動に応用するための発明品である「機械」を通じて,大量生産という社会システムとして誕生させた.このシステムは,「標準化」と言う活動の成果物と言える.標準化とは,効果的かつ効率的な組織運営を目的として,共通に,かつ,繰り返して使用するための取り決めを定めて活用する活動を言う.標準化における取り決めとなるものを標準または規格(注11)という[20].公差は規格の1種になる.この規格は,国際,国家,業界などの各レベルにおいてモノおよびプロセスを対象として整備されつつあり,グルーバル化の重要な前提になっている.以上のことから,モノの品質特性と言う視点からは,特性値のばらつきが小さいことを目指すのが工業で,ばらつきを大きくすることを目指すのが工芸となろう.そして,工業は「効率性」を,工芸は「個性」という言葉で価値表現される.
工芸王国石川の形成に関わった仕掛人の1人は,前田綱紀であり,彼が編纂した百工比照は,モノ作りの「技」という「暗黙知」を「形式知」に変えるという知識化(注12)の成果物(モノ)であり,この人とモノの存在が工芸王国形成の背景にあった.これは,6,7世紀の三韓時代に百済が武力ではなく,当時の東アジア最先端の製造技術を国際戦略として用いるためにまとめたとされる「百済神技」の話[21]を連想させる. 660年に百済滅亡,668年に高句麗滅亡となり,祖国を失ったこれら人々の多くが渡来人として日本に渡り,地理的に石川県,特に能登地域に渡り住んだという想定は十分考えられる.この様な人達の子孫が百工比照という当時の日本のモノ作り技術の最先端知識を学び,技として創造する環境を整えたスポンサーが綱紀ではなかったか.彼の政治的課題は,徳川幕府に対し「加賀百万石という経済力が軍事力に結びつき,幕府の脅威となる」という危惧感を払拭することにあった.そのための解決手段として,当時国内最大の実質百万石を超える経済力で生み出した経済力を蓄積し,これを知的資産投資に向けた平和戦略および生き残り戦略の一環として利用したと解釈できる.山口の指摘は,この17,8世紀の先行投資が3世紀後の現代に実を結んだと言うことになろうか.しかし,その土壌は10世紀を遡る奈良時代からのモノ作り人材という布石(DNAの伝承)を見落としてはならない.工芸王国を支える人間国宝は,無形文化財という芸能,工芸技術等の無形の「わざ(技)」を高度に体得・体現する人である[1],[2].この技は,森[22]によると「技術」と「技能」に別れ,技能は動きや働きと言った行為・能力を表し,技術は表現・伝達・置き換えと言った方法・手段を表すものとしている.従って,技能は暗黙知,技術は形式知に該当する.暗黙知としての技能の保持・伝承には,人が介在することが必須となる.この技と言う概念は,国際マネジメント規格の1つであるISO9001(注13)の中で「力量(Competence)」という言葉で表現され,「意図した結果を達成するために知識および技能を適用する能力」と定義され,「力量管理」という管理活動として標準化の対象になっている.工芸と工業をモノ作りに関わる人に焦点を当てると,「技」と「力量」の違いになる.この時の違いを見出す条件は「意図した結果」で,「誰の意図か」の違いになる.人か神か.人間国宝は,神の意図を模索し続ける価値創造者ではないか.そこには常に,今の自分を超え続ける努力によって技の継承(現状維持)と革新(現状打破)を重ねる姿(動きと働き)として思い浮かべることができる.そんな思いで現在公開中の「国宝」(注14)を鑑賞してみたい.
(注1)人間国宝は,日本の文化財保護法第71条第2項に基づき,文部科学大臣が指定した重要無形文化財(注2)の保持者として各個認定された人物を指す通称である.国の重要無形文化財に指定されている伝統工芸や芸能の名人を指す.重要無形文化財の「工芸」には,陶芸,染織,漆芸,金工,木竹工,人形,和紙,撥鏤(バチル;染めた象牙を彫る),截金(キリガネ;細い金箔・銀箔・プラチナ箔を張って模様を描く)の9分野があり,その中で,陶芸は彩釉(サイユウ),漆芸は蒔絵(マキエ)というように,特定の技法が認められている.文化財保護法には「人間国宝」という文言はないが,重要無形文化財の各個認定の保持者を指して人間国宝と呼ぶことが多い.日本政府が人間国宝に支給する助成金は,1人当たりで年間200万円,その総額は国家予算で決められていて,2002(平成14)年以降は2億3200万円である.そのため,生存している人間国宝の人数は最大で116名であり,生存している人間国宝が116名いる場合は,死亡による欠員が発生しない限り,どれだけ優れた技量を持つ人物でも新たに人間国宝に認定されることはない.2020(令和2)年12月1日まで371名(複数分野で認定された者もいるので延べ374名)が人間国宝に認定されたており(死亡後解除) [1],2025(令和7)年7月1日時点で105名(芸能54,工芸技術51名)の人間国宝(重要無形文化財各個認定保持者)が生存している[2].
(注2) 無形文化財とは,演劇,音楽,工芸技術その他の無形の文化的所産で,我が国にとって歴史上または芸術上価値の高いものと文化財保護法で規定している.芸能,工芸技術等の無形の「わざ」は,これを高度に体得している個人または団体が体現する.このような「わざ」のうち,重要なものを重要無形文化財として日本国政府が指定するとともに,その「わざ」を体現する個人(各個認定)または団体(保持団体認定)を保持者または保持団体として認定する[1].
(注3)沈金(チンキン)とは,漆面に対して刃物で文様を彫り,この痕に金箔,金粉を押し込む.かつては中国,タイ,インドなどでも行われたが,現代では日本で最も盛んに行われており,国内の地域では,石川県輪島市を中心とする北陸地方,秋田県湯沢市,福島県会津若松市を中心とする東北地方,沖縄県には琉球沈金がある.特に会津塗や輪島塗でよく使われる技法である.箔や,金粉の代わりに顔料を埋め込む場合もある[6].
(注4) 釉裏金彩(ユウリキンサイ)は, 陶磁器の器地に金箔や金泥等の金彩を用いて文様を描き,そのうえに釉薬を掛けて焼き上げる制作技法である.金箔の扱い方,焼成法等,陶芸技法の中でもきわめて難しいものの1つとされる[7].
(注5) 銅鑼(ドラ)は打楽器の一つで青銅,真鍮,鉄などの金属でできた盆形の円盤を枠(ドラスタンド)に吊るし,桴(バチ)で打ち鳴らす.仏教の法要,民俗芸能の囃子,歌舞伎下座音楽,出帆の合図など広く用いられる.古代ジャワ,スマトラの南方民族の打楽器にはじまり,中国,朝鮮を経て渡来したものと言われている.金沢では,茶道の普及に伴って製作されるようになった[8],[9].
(注6)蒔絵は,漆工芸(シッコウゲイ)の加飾の1技法で,漆で文様を描き,乾かないうちに金属粉(金,銀,錫(スズ)など)や顔料の粉(色粉)を蒔き,固着させて造形する技法,および作品をいう.基本的には平(ヒラ)蒔絵,研出(トギダシ)蒔絵,高(タカ)蒔絵の3種に分けられる.平安時代の物語「竹取物語」に蒔絵の語がみえるのが最古とされる[10].
(注7) 髹漆(キュウシツ)とは, ,漆塗(ウルシヌリ)を主とする漆芸技法であり,素地(ソジ)の材料の選択に始まり,下地工程を経て,上塗・仕上げ工程に至る幅広い領域にわたり,漆芸の根幹をなす重要な技法である.素地の材料には木材,竹,布,和紙,皮革等があり,各材質の特色を生かして下地,上塗を施す.上塗・仕上げには,塗面を磨かず塗放(ヌリハナシ)で仕上げる塗立(ヌリタテ;花塗(ハナヌリ)),磨いて光沢を出す呂色塗(ロイロヌリ)など多くの種類がある.髹漆は,最も早く始められた漆芸技法であり,現在では,立体的な造形と漆の塗肌の味わいや光沢を生かした活発な制作が行われている[11].
(注8) 彫金とは,各種の鏨(タガネ),金槌等を用いて金工品の素地を加飾する技法をいう. 技法の主な内容は,毛彫(ケボリ),蹴彫(ケリボリ),片切彫(カタギリボリ),透彫(スカシボリ),肉合彫等のほか,象嵌(ゾウガン),魚々子打(カナコウチ)等の各手法がある.我が国の彫金技法は,弥生期に大陸から伝播されて発達した.室町期以来,装剣金工(ソウケンキンコウ; 鐔(ツバ)や目貫(メヌキ)といった刀剣装具の制作)の隆盛とともに,彫金による金属加飾の技法に工夫が凝らされた細工が残されることとなった[12].
(注9) 釉下彩は,絵付けなど装飾の上に透過性の高い釉薬を施し焼成する陶芸技法で宋,元代の中国の窯で釉下彩の鉄絵や青花(セイカ)などが生産された.日本では江戸初期の有田で染付(ソメツケ)が盛んになった.明治以降はお雇い外国人のワグネル(Gottfried Wagener:1831-92)[13]により陶器の色彩豊かな釉下彩が開発された.その後,初代宮川香山,板谷波山ら陶芸家によって磁器での研究が行われた[4].
(注10) 分業(division of labor)とは,複数の人員が役割を分担して財(モノ)の生産を行うこと.アダム・スミス(Adam Smith;1723-90年)は国富論[19]の中で,分業は労働の生産性を増進させる最大の原因である,としその理由として以下の3点を挙げている.
�‘碓譴旅�程(作業)が絶えず繰返され,技能が向上する(経験曲線効果).
��1つの仕事から他の仕事に移る際に生じる時間のロスが節約される(準備段取の無駄排除).
�J�業によって作業が単純化され,工具や機械の改良が生まれる.
(注11)規格は製品の品質や性能に関する基準を定めたもので,標準化の結果として具体的に得たものを指す.「標準化」は,人類が社会生活を始めて以来,生活向上のために編み出した方法といえる.人間は2人以上集まって活動をすることで個人差をどのように克服するかの問題に直面する.例えば,社会生活において人と人のコミュニケーションは欠かせない.そのために共通の言語,記号(数字や文字)や物事の共通認識のために質量,時間や長さの測定単位などを発明し,利用してきた.また,経済活動においても通貨単位やその変換レートの設定などを行ってきた.その結果,人類は豊かで効率的な社会生活を実現してきている.従って,標準化とは我々がその生活をよりよく生きるための発明と実践行為と考えることができる.標準化が産業社会に大きく影響をおよぼすようになったのは科学技術が産業と結びついた産業革命がきっかけといわれる.工場で同じ製品を繰り返し大量に作る,より広い範囲で多量の人や物の移動を行う,より広い範囲で短時間にコミュニケーションを行うなどが社会生活を大きく変えることになったことが背景にある.
(注12) 知識の形態として一定の表現形式,例えば,文章,図表や数式などで示したもので科学知や形式知などと呼ばれるものと,一定の形式で表現し得ない知識を経験知や暗黙知などと呼ぶことがある.
(注13) 顧客満足を向上させるためのマネジメントシステム規格で, 最初に制定され,最も普及しているマネジメントシステム規格である. マネジメントシステムとは,目標を達成するために組織を適切に指揮・管理する「仕組み」のこと[23].従って,マネジメントシステム規格は,その対象が物ではなく,製品やサービスを作り出すプロセスである仕事が対象である.
(注14) 吉田修一(ヨシダ シュウイチ:1968年-)の著作,国宝(朝日新聞出版,2018年)を基に李 相日(リ サンイル:1974年-)監督,奥寺佐渡子(オクデラ サトコ:1966年-)脚本,吉沢 亮(ヨシザワ リョウ:1994年-)主演で映画化され,2025年6月から公開された歌舞伎を題材とした邦画.
参考文献・資料
[1] フリー百科事典(ウィキペディア(Wikipedia)), 人間国宝, https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%BA%E9%96%93%E5%9B%BD%E5%AE%9D#cite_note-2 ,2025.7.25アクセス
[2] 文化庁,文化財指定等の件数, https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/shitei.html , 2025.7.31アクセ
[3]石川県, 無形文化財・工芸技術(国指定), https://www.pref.ishikawa.lg.jp/kyoiku/bunkazai/mukei/mukei.html , 2025.7.25アクセス
[4]北國新聞, 人間国宝に中田一於さん 小松在住,陶芸技法「釉下彩」初の認定, 7/19(土) 5:01配信, https://news.yahoo.co.jp/articles/16423b06bc331cef7850cf217748a8a4aa01cc9e , 2025.7.25アクセス
[5]平凡社, 工芸王国 金沢・能登・加賀への旅, https://www.heibonsha.co.jp/book/b588146.html , アクセス2025.7.25アクセス
[6]フリー百科事典(ウィキペディア(Wikipedia)),沈金, https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B2%88%E9%87%91 ,2025.7.25アクセス
[7] 文化庁, 釉裏金彩, 文化遺産オンライン, https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/189822 ,2025.6.26アクセス
[8]フリー百科事典(ウィキペディア(Wikipedia)), 銅鑼, https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%8A%85%E9%91%BC ,2025.7.25アクセス
[9]石川県中小企業団体中央会,石川の伝統工芸「銅鑼」, https://www.icnet.or.jp/dentou/rare/17.html , 2025.7.25アクセス
[10] 小学館:ネットアドバンス, 蒔絵, 日本大百科全書(ニッポニカ),
https://japanknowledge.com/contents/nipponica/sample_koumoku.html?entryid=2667 ,2025.7.25アクセス
[11] 文化庁, 髹漆, 文化遺産オンライン, https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/200566 ,2025.7.26アクセス
[12]石川県,彫金(中川衛), https://www.pref.ishikawa.lg.jp/kyoiku/bunkazai/mukei/9.html , 2025.7.26アクセス
[13] 道家達將, 認定化学遺産 第038号Dr. ワグネルの一生と釉下彩-陶器「旭焼」の 創 造-化学遺産の第7回認定5-,化学と工業,Vol.69-7,July 2016,pp.554-556, https://www.chemistry.or.jp/know/isan038_article.pdf ,2025.7.26アクセス
[14] 金沢市,�橋眤瑤療租�工芸, https://www4.city.kanazawa.lg.jp/material/files/group/30/2-Application-Jpn.pdf , 2025.7.26アクセス
[15]東京大学総合研究博物館,加賀殿再訪,東京大学コレクションX, https://umdb.um.u-tokyo.ac.jp/DPastExh/Publish_db/2000Kaga/index.html ,2025.7.26アクセス
[16] 福岡 崇, 工芸×工業 「日本らしい」は普段の生活の中から生まれる, Management & Technology for Creative Kyoto 2022.春号,p.20.(2022), https://www.kptc.jp/mtc/wp-content/uploads/2022_spring-20.pdf ,2025.7.27アクセス
[17] 松本雅延, そもそもアートとクラフトはなぜ分けられている?-専門家に聞きました,アートとクラフトはどう違う? vol.1, 2024年5月9日, https://www.gqjapan.jp/article/20240509-art-column ,2025.7.27アクセス
[18] 山口豪志,『工芸』と『工業』との歴史とその違いを語ろう〜美術史と経済史の交差点〜, はてなブログ(Hatena Blog), https://54.hatenablog.jp/entry/2022/07/29/095757 ,2025.7.27アクセス
[19] アダム・スミス著,玉野井芳郎,田添京二,大河内暁男訳,国富論,中央公論新社(2010)
[20]日本品質管理学会,品質管理用語,p.9, https://jsqc.org/wp/wp-content/uploads/2023/10/JSQC-Std-00-001_yougo.pdf ,2025.7.27アクセス
[21] 石井和克,薯童謠(ソドンヨ)で感じたこと―個人と国家の幸せの融合―,コラム KAZU'S VIEW 2024年04月, https://ishii-kazu.com/column.cgi?id=250 ,2025.7.25アクセス
[22]森和夫,技能と技術の違い-キーワード解説-, http://ginouken.com/GijutuToGinou.html ,2025.7.28アクセス
[23]日本品質保証機構,ISOの基礎知識, https://www.jqa.jp/service_list/management/management_system/index.html , 2025.7.28アクセス
[24]文化庁,文化財指定等の件数, https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/shitei.html , 2025.7.31アクセス
令和7年7月
以上

