コラム KAZU'S VIEW
2022 年01月
壬寅(ミズノエ トラ)年はWithコロナ時代の本格的幕開けか
今年の元旦は何十年ぶりかで早朝7時起きをして,地元の神社の元旦祭に初詣した.昨年から地元町会長の任を受け,町会を代表して新年の神社儀式に参列することになっていた.昨年末からの降雪で,大雪予想があったため午前8時30分からの儀式に備え,耐寒装備万端の構えをしていた.しかし,当日は快晴で,すがすがしい新年の早朝の爽快感を楽しめた.神社は徒歩で10分程度の距離であるが,雪道を警戒して,30分ほどの時間を見越して家を出た.大晦日に降り積もった新雪を踏みしめながら,神社への参道の階段を1歩ずつ登った.既に,地元の何人かの氏子が集まっていた.この神社は明治に現在の場所に,現在の名称で建てられたもので,140年以上の歴史を持っている.一昨年の大雪で,手水舎(チョウズヤ)が倒壊し,昨年秋に再建されている.センサーが設置され,近づいて手を伸ばすと,自動的に手水が出る仕掛けになっている.1時間ほどの儀式を終えて,自宅に帰ると,隣人が家の前の雪掻きをしていたので,新年早々に雪掻きエクササイズを行う羽目になった.久しぶりの元旦早朝からの体験に,心ときめく期待感を持てた新年事始めであった.
正月三が日は昨年末から帰省していた息子一家と時間を共にした.3人の孫達がこの期間を和ませてくれた.孫達が帰った頃から再び,新型コロナ感染症の拡大が進み,第6波と呼ばれる状況になった.オミクロン株と言われる変異株によって,これまでにない新規感染者数を連日更新するニュースが報道され始めた.COVID-19という病気を引き起こす病原体の名称は「SARS-CoV-2」であるが,日本では病気の名前は「新型コロナウイルス感染症」,病原体の名称は「新型コロナウイルス」と呼ばれている.SARS-CoV-2は2019年に中国武漢市で発見され,全世界に感染拡大した[1].その後,新型コロナウイルスは,アルファ,ガンマ,デルタなどと呼ばれる様々な変異を繰返したが,WHOは令和3年11月26日にウイルス特性の変化の可能性を考慮し,「オミクロン株(Omicron SARS-CoV-2 variant)」と命名される新たな懸念される変異株(Variant of Concern; VOC:注1)を公表した(WHO Classification of Omicron [2]). 2021年11月24日に南アフリカからWHOへ最初のオミクロン株感染者が報告されて以降,2022年1月20日までに日本を含め全世界171か国から感染者が報告された. オミクロン株の潜伏期間は,感染から発症までの潜伏期間は平均値3.0日(最短1日,最長8日)で従来の新型コロナウイルスが5日程と考えられているので,2日ほど早いことになる[4]. 従って,潜伏期間が短いため,感染が爆発的に広がることが懸念される.沖縄県の令和4年1月1日時点での感染者50サンプルの症例では, 発熱(72%)・咳(58%)・倦怠感(50%)・咽頭痛(44%)など風邪症状が中心で,無症状の感染者も多いとされる. また,オミクロン株に感染した人の特徴として,従来の新型コロナウイルスと比較して,ワクチン接種者や過去に新型コロナウイルスに感染したことがある人が再度感染している割合が高いことが報告されている[4].
新型コロナウイルスと我々との付き合いは,足かけ4年目に入る.この間に我々は徐々に新型コロナウイルスの情報を収集・分析し,ワクチンや治療薬の開発等の対抗策立案力を修得してきている.一方,コロナ側もこれを見据えた様に変異スピードを加速してきているように思われる.ウイルスは生物ではないとうい認識がある[5,6].そのため, ウイルスは自力で増殖することができないので動植物の細胞のなかに入りこみ,動植物の細胞の機能を使って自身のコピーを増やして行く. どの生物のどの種類の細胞に入り込めるかは,ウイルスの種類によって異なっている.従って,人間に感染するウイルスはそれなりの組合せ特性,いわゆる相性が存在することを意味する. ウイルスの増殖プロセスは,遺伝子の複製とタンパク質の合成が分業化されており,この2つが組み立てられることで細胞の増殖より,増殖スピードが飛躍的に速く, その遺伝子はRNA(リボ核酸: ribonucleic acid)であり,動植物の遺伝子のDNA(デオキシリボ核酸: deoxyribonucleic acid)とは異なるため,変異を起こしやすいと言う特性を持つ.今回のコロナ禍で創り出されたワクチンとしてmessenger RNA(mRNA)(注2)ワクチンといわれるものがある.このワクチンは,新型コロナウイルスの遺伝子解析情報を基に遺伝子情報そのものを投与し,体内で抗原タンパクを合成させるものである.この遺伝子情報は国際的ネットワークGISAID(注3)に蓄積され世界中で共有されている.
壬寅の年明けから我々と新型コロナウイルスとの関係は新たな段階に入ったように思われる.人類は長い間,ウイルスとの共創(共存)関係と競争(敵対)関係の両面での関係を維持してきた.新型コロナウイルスとのこの4年間の関係は競争関係になろう.その関係もゲノム情報を介しての情報戦の様相を呈してきている.ウイルスは生物ではないという認識がある一方で,ユヴァル・ノア・ハラリ[8]によれば,最近の生命科学では「生き物はアルゴリズム」(注4)と定義され,生物と非生物の壁が取り払われている.すなわち, あらゆる生物の思考や判断,行動は,脳内物質などがもたらす生化学的なアルゴリズムに従ったものであり, 生命をアルゴリズムと捉えることが可能ならば,コンピュータの非有機的なアルゴリズムに置き換えることができるという主張である.彼の認識に立てば,人類とウイルスの戦いは同じ土俵に立つアルゴリズム上の闘いということになる.RNAという遺伝子配列の中に生じる変異のアルゴリズムの解明ができた時に,人類とウイルスとの間の関係は共創関係になるのではないか. 壬寅は,厳しい冬を越えて,芽吹き始め,新しい成長の礎となるという意味を持つとされる[11].新型コロナウイルスの変異株であるオミクロン株が,そのロードマップの第一ステップになることを期待したい.
(注1)懸念される変異株(VOC)とは,伝播性の上昇,病毒性の上昇,公衆衛生対応,診断,治療,ワクチンの効果の悪化のいずれかが明らかになった,公衆衛生上問題となる変異株のこと.2022年1月現在で,アルファ,ベータ,ガンマ,デルタ,オミクロンの計5つとされる.2022年1月からイギリスやデンマークなど複数の国で置き換わっているのがオミクロン変異株といわれるものである.この変異株は,詳細な遺伝子検査をしないとオミクロン株と分類できないことから「ステルスオミクロン」と呼ばれている.デンマーク,イギリスの感染例や京大の調査結果からオミクロン変異株(BA.2株)はオミクロン株(BA.1株)より感染力が高いという報告がある[3].
(注2)従来,ワクチンは,生ワクチンと不活性化ワクチンに大別されていたが, COVID-19ワクチンとして注目されたものは,従来のワクチン分類が病原体から作られた無毒化あるいは弱毒化された抗原を基にしたものに対し,病原体の遺伝子情報を使った従来とは異なるタイプのワクチンである.このタイプのワクチンとしてmRNAワクチンがある. mRNAは新型コロナウイルスの設計図とも言えるものであるが,その機能は以下の通りである.
細胞の機能の中心的役割を果たすのが,タンパク質である.タンパク質は酵素として生化学反応を触媒したり,細胞内・細胞間の情報伝達を行ったり,細胞の構造を維持したりして細胞が活動を行うにはなくてはならないものである.細胞内でどのようなタンパク質をつくるかといった情報は,DNA(デオキシリボ核酸)に保持され,遺伝子として親から子へと受け継がれる.DNAに保持されたタンパク質の情報は,RNA(リボ核酸)を介してタンパク質となる.RNAには様々な種類があり,タンパク質の情報を保持するだけでなく,タンパク質の産生に関わったり,産生するタンパク質の量を調整したりする.細胞を取り巻く環境に応じて,RNAを介した産生するタンパク質の種類と量の調整により,細胞はその機能を果たしている.RNAはタンパク質をコードするmessenger RNA(mRNA)とタンパク質をコードしていないnon-coding RNA(ncRNA)に大別さる.mRNAはDNAに保持されている遺伝情報のコピーであり,リボソームで翻訳されタンパク質が合成される.[7]
(注3)Global Initiative on Sharing All Influenza Data (GISAID)
GISAIDは,鳥インフルエンザが猛威をふるった2006年8月に医療分野の研究者たちによって設立されたインフルエンザウイルスの情報データベースである.SARS-CoV-2ゲノム情報もGISAIDが主体的に運用し,登録・収集されている.毎年一定数の検体から病原体遺伝子情報を取得して歴年の発生動向を調査し,伝播状況やワクチン株選定等に利活用される.
(注4)アルゴリズムとは広辞苑によれば,アラビアの記数法,問題を解決する定型的な手法・技法,コンピュータなどで演算手続きを指示する規則,算法の意味となっている.ハラリは現在の社会を人間至上主義と位置づけ,その次に来る社会をデータ至上主義としている.この主義では,森羅万象がデータの流れからできているとし,どんな現象や価値もデータ処理にどれだけ寄与するかで決まる社会だとしている.その根拠として現在の科学が,チャールズ・ダーウィンに始まる生命科学とアラン・チューリングに始まるコンピュータ科学が数学的法則を基盤とするアルゴリズムに収斂されていることを, ケヴィン・ケリー[9]とセザー・ヒダルゴ[10]の著書を参照して指摘している.
参考文献・資料
[1] 国立感染症研究所, コロナウイルスとは(2021年09月30日改訂), https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/9303-coronavirus.html,
2022年1月25日アクセス
[2] 国立感染症研究所, SARS-CoV-2の変異株B.1.1.529系統(オミクロン株)について(第7報), https://www.niid.go.jp/niid/ja/2019-ncov/2551-cepr/10945-sars-cov-2-b-1-1-529-7.html 2022年1月25日アクセス
[3] ひまわり医院, 新型コロナウイルス「オミクロン株」の特徴について-感染力・症状・重症化-,https://www.soujinkai.or.jp/himawariNaiHifu/covid19-omicron-variant/
2022年1月25日アクセス
[4] 家来るドクター, 新型コロナのオミクロン株に感染したかもと思ったら,どうしたら良い?問い合わせ先や対処方-新型コロナウイルス「オミクロン株」の特徴-, https://iekuru-dr.com/blog/023/, 2022年1月25日アクセス
[5] Medical Note,細菌とウイルスの違いとは?
https://medicalnote.jp/contents/180508-002-CK, 2022年1月25日アクセス
[6] 石井和克, COVID-19感染流行は人類に対する自然のいい加減さからの問いかけか,コラム KAZU'S VIEW 2020年3月,
https://wwwr.kanazawa-it.ac.jp/ishii/column.cgi?id=200,
2022年1月25日アクセス
[7] 国立がん研究センター研究所, RNAとは?分類と機能から,がんとの関係までを解説, https://www.ncc.go.jp/jp/ri/division/cancer_rna/20211227164725.html,
2022年1月25日アクセス
[8] ユヴァル・ノア・ハラリ著,柴田裕之訳,ホモ・デウス:テクノロジーとサピエンスの未来(下),河出書房新社(2018)
[9] ケヴィン・ケリー著,服部 桂訳, テクニウム ―テクノロジーはどこへ向かうのか?―, みすず書房(2014)
[10] セザー・ヒダルゴ著,千葉敏生訳, 情報と秩序 : 原子から経済までを動かす根本原理を求めて, 早川書房(2017)
[11] 石井和克,人生70年代に入った年に思ったこと,コラム KAZU'S VIEW 2021年12月, https://wwwr.kanazawa-it.ac.jp/ishii/column.cgi?id=221, 2022年1月25日アクセス
以上
令和4年1月