コラム KAZU'S VIEW
2021年10月
自分自身に向き合うことについて
何気なく見ていたTV番組で2つが印象に強く残った.「Mステ35周年の神曲ランキングSPメドレー」と「博士ちゃん」という番組であった.前者は,1980年代以降のヒット曲の中から,様々なテーマ毎に聞きたい曲トップ10ランキングを決定するものだった.はやり唄は,その時代の世相・文化を反映し,その時代を生きた人々に,その時々の生きざまを思いださせてくれる.あんな事もあったし,こんなこともあった,という懐かしさと共に,時の流れを感傷的に思い出させる効用がある.後者は, サンドウィッチマンと芦田愛菜(アシダ マナ)がMCを務め,博士ちゃんという名称の子供たちが,各自の専門知識を講演し,そのトピックに関連したクイズを出し,MCやゲストが回答するという演出である.今回はスペシャル版で3時間番組の中でMCの芦田と5,6歳の時にドラマや歌で共演した鈴木福(スズキ フク)が,博士ちゃんとして登場していた.福が専門とするプロ野球のテーマで,アメリカメジャーリーグで現在活躍中の大谷翔平(オオタニ ショウヘイ)選手を取り上げていた.その中で, 大谷選手が,自分の夢を描き,これを実現するための曼荼羅を描いて,これを実践しているという紹介があった.彼の自分自身の見つめ方のユニークさであり,強く印象に残った.それと同時に,Mステでの懐かしい曲を聞きながら,改めてその歌詞を確認してみた.その結果,いずれの楽曲にも共通していたキーワードは「Heart:心」,「夢」そして「ありのまま(自分らしさ)」であった.これらの番組に触発されて,自分の見つめ方,今のありのままの自分について考えて見た.
自分を知る,ありのままの自分に直面する方法としては,瞑(冥)想(メイソウ)法がある.瞑想とは,「何もしていない,何もしない」,「1つ1つの瞬間を自覚し,意識する」,「今と言う瞬間の中で自分を解放する」,「こころと体に安息を与える」,「全ての行為をやめる時間を作り出す」ことなどとされる[1].瞑想の源流は仏教とヨガ(ヨーガ)が主なものとされる.ヨガはサンスクリット語で「結びつける」と言う意味があり,心身,感覚器官を鍛錬によって制御し,精神を統一し,心の働きを安定化させ,心と体を一体化する体験である[1].私たちの体に備わっている五感(注1),すなわち,視覚,聴覚,触覚,味覚,嗅覚を使って,あるがままの自分をひとつのモノとして感じ取る体験である.一つのモノとは,心と体を意識した表現になる.近代科学の基本的アプローチは,対象を認識出来る要素に分解して,その要素の特性や要素間の関係を分析していく.その結果,我々の多くは,人を認識する際に心と体を分離して認識している.例えば,心(精神)を対象とした学術分野は,心理学と言われ,多くは文学部の中に位置づけされる.一方,体(肉体)を対象とした分野は,主に医学領域として位置づけされる.しかし,最近,マインドフルネス(注2)という用語に代表されるアプローチが,医療分野を中心に脳科学や心理学などの連携領域として注目されている.心と体を1体として見なす考え方は,アジアにおいては三千年以上の歴史を持っている.その中の中心的概念が瞑想と言われるアプローチである.
現代を生きる我々は,様々なストレスに取り囲まれている.時間のストレス,人間関係のストレス,仕事のストレスなどである[1].これらのストレスが我々に次々と課題を投げかけ,その課題解決に我々は,追われ続ける.次に何をするのか?を常に考え,行動し,課題がないと不安を覚えるような心で日々時間を過ごしている.これは,人生を生かされている状態であり,生きている状態になっていない.私たちの心は,常に過ぎた過去や,これから起きる未来に向いており,今,この瞬間には向いていない,という指摘が,「時間の流れの中から抜け出し,現在という静止した瞬間の中に自己をおく」[1]という瞑想の必要性である.そのような場に自らを置き,ありのままの自分の姿を良否,損得などの評価をせず,受け入れることが心と体の一体化であり,その姿を客観的に捉えることで,己を知る.そのための方法として,マインドフルネス瞑想法[1]では,呼吸法,静座瞑想法,ボデイースキャン,ヨガ瞑想法等を8週間のプログラムとして編成し,様々な治療法との融合を図っている[1].その中で,様々な疾病に伴う「痛み」に対する対処法に関する考え方がある.すなわち,「痛み」と「苦痛」は区別すべきである,という考え方である.痛みは体験の1つであるのに対し,苦痛は,痛みに対する反応の1つであるという認識法である.苦痛は,体の痛み,精神的な痛みが原因となり生じ,これに対する自分の考え方や感情,体験の意味づけの仕方などにより影響される,というものである[2].人が恐れるのは痛みではなく,苦痛である.生物は,快楽を求め,苦痛を避けようとする.この生物学的行動原則に,言語による思考が生み出す人間独自の「現実を現実として受け止めない」,という特徴,すなわち,自分の都合に合わない事実は,自己防衛として認めようとしない「否認」という現象が,我々の感情,態度,信念などの行為に現れる[2].瞑想はこの否認の対極としての受容(あるがままの自分の姿を受け入れる)へと変換する行動になる.これを数式で説明すると以下の様になる[2].
苦しみ=痛み×抵抗;
この式の意味するところは,体や心の痛みに対し,その痛みに出会った際に我々が取る反応がある.すなわち,痛みを受け入れようとしない緊張や,自分だけがどうしてこのような目に遭うのか,誰々のせいでこうなったなどの否認が伴う.この否認の程度,すなわち,抵抗が大きくなるほど,同じ痛みに伴う苦しみは大きくなる.従って,痛みはそのまま受け入れ,抵抗をできるだけ小さくする行動によって,苦しみを減らす事ができるという解釈が成り立つ.
一方,苦しみの対極にある幸せを見ると,
幸せ=快感÷執着;
これは,快感を一度得ると,「もっと」多く,長く快楽を得たいという欲望が出てくる.この欲望が「足りない」という意識をもたらし,快感が目減りすることへの不安を引き出す.この不安が,現在得ている快感から目をそらし,幸せ感を減衰させて行く.したがって,この執着を如何に減らすかが,幸福感向上の手がかりとなる2],と考える.
上記の2式から瞑想を捉えなおすと,「抵抗」や「執着」を排除し,五感を通じ,痛みや快楽をありのままに観察することが瞑想,ということになる.
自らの70年の人生を通じて,体の五感を改めて見てみると,目は両目共に白内障,右目が軽い緑内障になっている.耳は右耳が老人性難聴で高音域が聞こえない状況であり,そのために耳鳴りが気になる.鼻と言えば,ここ2年間,アレルギー性の鼻炎が慢性化してきている.皮膚もアレルギー性の皮膚炎でここ10年来,薬を絶やせない.味覚もここ数年,美味しさの感動を余り持つ事が無くなって来ている.これが,老いというものかと日々実感している.これは,考えようによっては,自分を取り巻く環境からの情報が,徐々に減ることで,環境に影響されずにありのままの自分と向き合うことを運命づけられた,体の仕組みと,感謝すべき事なのかもしれない.老いた体を,過去の若い頃の体と比較し,嘆くのではなく,今の体をそのまま受け入れ,自分の内側との対話がしやすくなったことを幸せと考えるべきであろう.そして,コロナ禍の環境もその機会を支援してくれていると考えることもできよう.どんな自分に出会えるのかをこれからの楽しみにしたい.
(注1)五感を超えた理屈では説明しがたい,鋭くものごとの本質をつかむ心の働きとされる第六感,すなわち,直感や直観などと言われるものも感覚としてある.直観と直感の違いについては以下の様な解説がある.直観は,論理的に説明ができるが,直感は,論理的に説明ができない.直観は,速いスピードで頭に浮かぶが,直感は,意識にも上がってこない.直観は,経験や記憶から意識的に処理されるが,直感は,経験や記憶から無意識に処理される[3].
なお,我々の体が有する五感が,体の外から入手する情報量を五感別に見ると,
視覚(83.0%),聴覚(11.0),臭覚(3.5),触覚(1.5),味覚(1.0)[4],
視覚(87.0%),聴覚)7.0),嗅覚(3.5),触覚(1.5),味覚(1.0)[5].
となっており,いずれのデータからも視覚情報が8割強を占めている.
従って,自らを見つめ直す際には,視覚情報の遮断が最も効果的と言えよう.
(注2)マインドフルネス(mindfulness)とは,現在起こっている自らの経験に注意集中を行う心理的過程で,その意識においては,「評価をせず」,「とらわれのない状態で」,「ただ観ること」が強調される.この考え方は,東洋では3千年以上の歴史を持つ「瞑想」の形態に由来する.瞑想では,達成すべき特定の目標を持たずに実践されるが,医療行為としてのマインドフルネスは,瞑想から派生してアメリカで生まれたもので,特定の達成すべき目標をもって行われることがある.マインドフルネスは,大きくこの2つの流れに分けられる.医療行為としてのマインドフルネスは,1979年にジョン・カバット・ジン(Jon Kabat-Zinn)が,心理学の注意集中化理論と組み合わせ,臨床的な技法として体系化した[6].
参考文献・資料
[1] J.カバットジン著,春木 豊訳,マインドフルネスストレス低減法,北大路書房(2007)
[2] 藤田一照,禅僧が教える考えすぎない生き方,大和書房,(2018)
[3] NomarkLog,「直感」と「直観」の違いとは?【人生と直感の驚くような話】, https://no-mark.jp/liveescape/brainpower/intuition.html ,2021年10月28日アクセス
[4] 教育機器編集委員会編,産業教育機器システム便覧,日科技連出版社(1972)
[5] 照明学会編, 屋内照明のガイド,電気書院(1980)
[6] ウィキペディア(Wikipedia),マインドフルネス,
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%95%E3%83%AB%E3%83%8D%E3%82%B9 ,2021年10月10日アクセス
以上
令和3年10月