コラム KAZU'S VIEW
2021年06月
北陸の梅雨入りに思うこと-Tokyo2020と梅雨明け後のニューノーマル-
6月17日に「北陸,そろそろ梅雨入り」なるニュースが日本気象協会発で行われた.近年,「〜入り」という気象情報の歯切れが悪い.このところ,気象予報の精度が,急速に高まってきたが,「梅雨入り宣言」,「梅雨明け宣言」という用語が死語になりつつある.異常気象という言葉が廃れ,異常と定常の格差が見極めにくくなっている気候変動に対して,不安と共に一種の寂しさを感じる.季節の移り変わりを伝える言葉がだんだん少なくなって来ているような気がする.梅雨のイメージはうっとうしさの代名詞であるが,このうっとうしさを乗り越えた後の,夏の青空と強烈な太陽の光の季節へと変わることへの期待感が持てることが,この季節の存在価値の1つであろう.今,我々を取巻くコロナ禍は,この梅雨のような存在ではないか.しかし,コロナ明けには何が待っているのだろうか,なかなか期待のイメージが描き出せない.
梅雨時を代表する花として紫陽花(アジサイ)がある.昨年は肥料の配合を間違えて,まだらな,余り美しいとはいえない咲き柄であった.しかし,今年は薄ピンク色に咲いてくれた.紫陽花の学名はHydrangea macrophylla :ハイドランジア マクロセラ)で,英名のHydrangeaは,ギリシア語の「水の器」を意味する言葉を語源としている. 原種は日本に自生するガクアジサイ(注1)である.花の色がよく変わることから,「七変化」や「八仙花」とも呼ばれる[1,2].いくつもの小さな花が集まっているように見えるが,それらは花びらではなく,装飾花(ソウショクカ)とも呼ばれている萼(ガク;注2)である[2].アジサイの花色が決まる要因は,土の酸性度である.アジサイの花にはアントシアニンと呼ばれる色素が含まれており,土中のアルミニウムを吸収してアントシアニンと結合すると,花色が青色になる.このアルミニウムは,酸性の土には溶け出しやすいが,アルカリ性の土には溶け出しにくい性質を持っている.従って,アルカリ性に傾いている土であると,アルミニウムが吸収されずアントシアニンと結合しないので,花色はピンク色になる.これは我々が理科の実験で使うリトマス試験紙の変色現象とは逆の変化である.なお,白いアジサイはアントシアニンを持たないので土の酸性度によって色は変わらない.花を青色にしたい場合は,酸性の肥料や,アルミニウムを含むミョウバン(AlK(SO4)2・12H2O;カリウムミョウバン)を与えればよいとされる[1,2].この花は,その色で,花言葉の意味が変わるという.ピンク色は,「元気な女性」「強い愛情」, 青色は,「冷淡」「無情」, 紫色は,「辛抱強い愛情」「清澄」「神秘」,白色は「寛容」「ひたむきな愛情」,緑色は「ひたむきな愛」などである[3].従って,この花を贈る場合には,注意を要するらしい.
お家(ウチ)時間が増えたせいか,猫の額のような庭の掃除や植木の剪定などに時間
を費やす機会が増えた.これまで見過ごしてきた植物のわずかな変化が,目につくようになった.苔の緑や躑躅(ツツジ;注4)の花の白や紫が目に止まる.強い風が吹いた翌日に,落ち葉の掃除をしながら,そんな一時を楽しめる時間を持てるようになった.たまたま,在住の町会で,町会長を今年の4月から務めさせていただいている.この地に住み始めて早,30年を超えているが,自分の住んでいる地元に関する情報の持ち合わせの少なさに,驚く日々である.その1つに,地元公園に花壇が3カ所あり,この花壇を春,秋の年2回,市の「緑と花の課」がリーダーシップを取り,花の植え替えという行事を行っている.花の苗は市から各町会に配布される.これを各町会に公園愛護委員という制度を設け,その委員が花壇に苗の「植え替え」を行うという方式をとっている.この愛護委員は高齢者が多い.愛護委員からの提案で公園愛護の活動を,町会の子供会と一緒に行う企画はどうであろうか,という提案があった.その理由は,公園利用者の多くは子供であり,公園内のごみの多くは菓子の包み紙である.従って,子供達に地元愛を育成し,自らが公園を愛し,育てているという自覚を持たせることは,地元愛の育成と共に,大切な伝承価値である,というものであった.この意見には,すぐに共感を覚え,子供会の責任者と相談し,実施準備に入った.植え替え日程はコロナ感染拡大の影響で2回ほど延期されたが,月末に実現した.当日は,10人余りの親子が集まり,愛護委員の長老から,植物が環境におよぼす影響と花壇の花植に関するノウハウのレクチャー(注5)があった後に,花植実習が行われ,1時間ほどで3カ所の花壇に3種類の花の苗が移植された.コロナ禍ではあったが,世代間の交流が,花の植え替えを通じて無事行えた.手植えをした子供達が公園に来て,育った花を見て,どのような感慨を持つか,という期待を大いに膨らむ,明るい出来事であった.
先日,一回目のコロナワクチン接種を終えた.医師の接種前予診面談で,「これでお互い,長生きしましょう.」という声をかけられた.何やら,複雑な思いに駆られた.一方で,これで感染拡大防止のための新たな策に関われたという安心感と,他方でこれからの生活ではワクチン接種という生活行動が必須となるのか,という不安感である.これまでは,その存在を知識上では認識していたものの,新型コロナウイルスによる感染症が日々の生活上で現実的に深く関わりを持ってくることの意識を,今後持ち続けなければならない.そのウイルスは,変異を繰り返し続け,新たな感染症リスクを起こし続けるであろう.そのような外部環境要因の変化に対応するためには,紫陽花の色の変化の原因である土壌中のアルミニウムに該当する原因を,社会という土壌の中に見出す事が必要になろう.この原因究明に基づき,我々人類がどのような戦略で立ち向かい,ウイルスと共存する生活環境を構築して行くのか.そして,その先にどのような社会を描き出すのかを,この梅雨時に見出すことができないか.その1つの試金石が,間もなく開催されるTokyo 2020オリンピック大会になろう.
(注1)ガクアジサイはアジサイ科に属する日本の固有種.セイヨウアジサイは,本種が中国を経由してヨーロッパへ渡り,そこで品種改良されてできたもの.
(注2)萼(ガク)は,花の最も外側にあり,その内側の花冠(カカン;注3)とは明らかに色や大きさなどが異なる葉的な要素に対する集合名称である.萼は,ふつう開花前の花 であるつぼみ において,他の花要素を保護する役割を担うが ,ガクアジサイの場合は,目立つ色で,大きくなっている.これは,昆虫などの送粉者を誘引するための変形とされる[4].
(注3)花冠は,複数の花弁,いわゆる「花びら」からなる花の器官のことである.花冠は花弁の集まりであるが,花として花粉媒介者の標的になるだけではなく,萼と同じく,おしべ,めしべを保護する役割をもっている[5].
(注4)ツツジは躑躅と書くが,その漢字は,見る人が足を止めるほど美しい,と言う意味が由来している.植物の名前に「あしへん」が使われているのはこのためである[4]. 花の花弁には斑点状の模様が多く見られる.これは蜜標(ミツヒョウ)と呼ばれるもので,蜜を求める昆虫に蜜のありかを教えている模様である.人間でも花を上手に採ると花片の下から蜜を吸うことができるが,多くの種に致死性になりうる毒成分のグラヤノトキシンなどが含まれ,特に多く含むレンゲツツジは庭木として利用されることもあるので事故を避けるために注意しなければならない.しかし,その見分けは専門家でないと難しいとされている[6].
(注5)植物の成長に関しては,リービッヒの最小律がある.リービッヒの最小律とは,植物の生長速度や収量は,必要とされる栄養素のうち,与えられた量のもっとも少ないものにのみ影響されるとする考え方.ドイツの化学者,ユーストゥス・フォン・リービッヒ(Justus von Liebig)が提唱したもので,植物は窒素,リン酸,カリウムの3要素が必須であるとし,生長の度合いは3要素の中でもっともあたえられる量の少ない養分によってのみ影響され,その他2要素がいくら多くても生長への影響はないという考え方である.その後に養分以外の水・日光・大気などの条件が追加された.現在では,それぞれの要素・要因が互いに補い合う場合があり,最小律は必ずしも定まるものではない,とされている[7].リービッヒの最小律を分かりやすく説明するものとして,「ドベネックの桶(Dobeneck's pail)」が知られている.植物の成長を桶の中に張られる水に見立て,桶を作っている板を養分,要因と見立てる.この桶に水を貯めることを考えると,たとえ一枚の板のみがどれだけ長くとも,一番短い部分から水は溢れ出し,結局,水量は一番短い板の高さまでとなる.このモデルは,経営管理における制約理論(Theory of constrains:TOC)の発想と共通する[8].
参考文献・資料
[1] 山本武臣,アジサイの話,八坂書房〈1981〉
[2] 武田幸作,アジサイはなぜ七色に変わるのか? PHP研究所(1996)
[3] GreenSnap編集部,アジサイ(紫陽花)の花言葉|色別の意味や由来とは?花の特徴は?2020.10.14 ,https://greensnap.jp/article/7590, 2021年6月26日アクセス
[4] 巌佐 庸,倉谷 滋,斎藤成也,塚谷裕一 編,岩波生物学辞典 第5版. 岩波書店(2013)
[5] ウィキペディア,花冠,:https://ja.wipedia.org/wiki/%E8%8A%B1%E5%86%A0,2021年6月26日アクセス
[6] ウィキペディア,ツツジ,
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%84%E3%83%84%E3%82%B8, 2021年6月26日アクセス
[7] ウィキペディア, リービッヒの最小律,
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%93%E3%83%83%E3%83%92%E3%81%AE%E6%9C%80%E5%B0%8F%E5%BE%8B, 2021年6月26日アクセス
[8] 石井和克, 実践:現場の管理と改善講座12-作業改善(第2版),日本規格協会,pp.78-79(2004)
以上
令和3年6月