コラム KAZU'S VIEW

2020年07月

藤井聡太棋聖誕生は梅雨明けとコロナ禍後の明るい兆しとならないか

  7月16日(木)に棋聖(キセイ)戦4局目が行われ,藤井聡太(フジイ ソウタ)7段が渡辺 明(ワタナベ アキラ)第90期棋聖を破り,歴代最年少の17才で第91期棋聖になった.渡辺氏36才はそれまで棋王,王将そして棋聖の3冠保持者で永世竜王・永世棋王の資格保持者でもあった.一方,藤井第91期棋聖は2016年に14歳2か月という史上最年少で4段に昇段し,中学生棋士としてプロ入りした.その後,無敗で公式戦最多連勝記録の29連勝を樹立している.棋聖タイトル獲得は7月19日の満18才誕生日の直前となった.ちなみに,中学生棋士はこれまでに,加藤一二三,谷川浩司,羽生善治,渡辺明の4人がおり,5人目になる.
  最近,AI(Artificial Intelligence:人工知能)という言葉がもてはやされている.人工頭脳とか電子頭脳などこれまでに様々な用語として未来を象徴するキーワードの1つであった.私がこの種の言葉を聞き始めたのは小学生の頃の鉄腕アトム(手塚治原作,画)というマンガであった.多分,今で言うヒューマノイドでありながら,10万馬力という超産業ロボット的特性も兼ね備えたロボットであったような気がする.同時期に,鉄人28号(横山光照:ヨコヤマ ミツテル原作,作画)というマンガも同じ月刊誌「少年」に連載されていた.当時の月刊誌には,おまけとして別冊付録がついていた.その形態は時として単行本であったり,飛び出すめがね(今で言う3Dめがね)と本であったりした.付録欲しさに,町の本屋に足を運んだ懐かしい思い出が蘇る.同じロボットを題材にしながら,アトムは21世紀の原子力エネルギーを持つ,人間型ロボットに対し,鉄人28号は旧日本帝国陸軍が第二次世界大戦末期に兵器として開発していた第28号機として誕生したが未完成のまま終戦を迎えた巨大機械型ロボット(一説によると身長20m越えで体重も20t越え).その後,再び,復活し,完成されて現代に登場するというストリーであった.アトムが自律型ロボットに対し,28号は金田正太郎(カネダ ショウタロウ)少年の操縦機(今で言うコントローラ−)によって操られる他律型ロボットであった.この2つのロボットは今日のロボット大国,アニメ大国日本をある意味で予想させたかのように思われる.このロボットが形を変えてAIとして再帰したのではないか.
コンピュータ将棋[1]は2013年以降プロ棋士相手に9割を超える勝率を誇っていると言われる.かの,渡辺明当時竜王と保木邦仁(ホキ クニヒト)現電通大准教授が留学中に開発したBonanza(ボナンザ)との2007年の対戦は接戦ではあったがプロ棋士側が勝利した.また,山本一成(ヤマモト イッセイ)[2]が開発したPonanza(ポナンザ)は第2回将棋電王戦で佐藤慎一4段に勝利している.結局,この対戦ではプロ棋士側の1勝3敗1分で終わった.この2つの名称のBonanzaとPonanzaは頭の2文字Bo(ボ)とPo(ポ)のわずかな違いはあるものの,将棋という知的ゲームにAIが導入されて画期的な進化を遂げた事例である.似たようなゲームに,オセロ,チェス,将棋,囲碁などがあるが,この順番でゲームの局面展開の数が異なるという.山本[2]によるとその局面数はオセロから順に10の60乗,120乗,226乗,360乗と増えるとう.この数字の大きさは俗に言う,星の数ほどの世界で生活感のない数字である.しかし,今の電子計算機の世界では十分生活感のある数字のようだ.コロナ騒ぎの最中,(株)富士通ITプロダクツ(石川県かほく市)から出荷された日本のスーパーコンピュータの富岳(フガク)が計算速度世界一を記録したというニュースを耳にした.その計算速度は毎秒41京5530兆回(京は1兆の1万倍で10の16乗)[3]で,前世代スーパーコンピュータ京(ケイ)の計算速度毎秒1京510兆回の計算速度を超えて多様なソフトウェアにも対応できる事で京の100倍の性能を開発目標として2014年に国立研究開発法人理化学研究所で開発が着手されたものであるという.このような計算機技術の発展で扱える数字の大きさは我々が現在の生活で頼り切っているスマホの世界にも知らず知らずに入ってきている.この数字の大きさが,現在のAI技術の発展に大きく関係している.AIの歴史を振りかえるとこれまでに3世代があったとされる.第1世代は1950〜70年代で電子計算機の登場が人間の頭脳を計算機に置き換えるという発想で電子頭脳や自然言語などのキーワードで代表された時代である.第2世代は1980年代でエキスパートシステム,知識データベース,知識工学と言ったキーワードで代表される時代であるがテーマは第1世代と同様に人間頭脳の機械化であった.そして,今日の第3世代(2000〜)に至るのである.3度目の正直となるか?この世代を代表するキーワードは機械学習,デイープ・ラーニングになる.いずれも「学習」が共通している.学習には段階がある.知識獲得→知識理解→知識創造の3段階である.知識獲得は知識を持つ先生(人間もあれば書物もある)から既存の知識を入手する.これは「真似(マネ)る」と言う表現をされる.「学(マナブ)」は「真似(マネ)ぶ」である,と聞く事がある.次に,得た知識を様々に応用することで理解を深めると同時に,得た知識の限界に直面する.獲得した知識では解決できない問題が生ずる.ここに1つの限界を認識した時に,人は自らその答えを自ら生み出す,知識創造の段階に入る.これは,修行の世界にある言葉の「守破離」と共通する.第3世代のAIは,この知識創造の段階に入ったと山本[2]は指摘する.すなわち, コンピュータ将棋のAIは名人棋士を教師として知識獲得して来た.しかし,その域を脱し,名人棋士の経験しない局面や戦略・戦術を巨大な場面想定(バーチャル空間)の下で,様々な方策を試行し,結果評価を行うことで新たな知識(方策)を創り出す事(強化学習[5])が可能になった,と.
  自然のいい加減さ[6]は,これまでに幾多の難題を人類に投げかけてきた.それは,人類が未知と認識するものの存在を認識させ,新たな知識創造を促進させるための機会を与えているのではないか.その知識創造を現実の生活に直接反映できていない原因は,実は人類そのものが持つ欲望に起因しているのではないか.唯一,感染症で終息した事例の天然痘もその時期を戦争が長引かせた(3月のコラム「COVID-19感染流行は人類に対する自然のいい加減さの問いかけか」参照).新型コロナウイルス感染症用ワクチン開発にも研究者の国際協力の反面[7],ワクチン製造に関わる特許や政治的判断の介入が議論されている.これらに関わるリーダーは20世紀の人類であろう.この世代を引き継ぐ価値観の異なる次世代にこの問題を託すのは20世紀世代の逃げ口上になるのだろうか. スーパーコンピュータ富岳が新型コロナウイルスワクチン創薬や飛沫感染シミュレーションに利用されているという. 藤井聡太棋聖誕生の背景の1つには,コンピュータ将棋があったという指摘もある. 豪雨災害を各地で引き起こした梅雨とコロナ禍の後の明るい兆(キザシ)がAIによってもたらされることを願うのみである.

参考資料・文献
[1] 瀧澤 武信他,人間に勝つコンピュータ将棋の作り方,技術評論社 (2012)
[2] 山本一成,人工知能はどのようにして「名人」を超えたのか? ダイヤモンド社(2017)
[3] 科学技術振興機構,スパコン「富岳」,計算速度世界一 8年半ぶり日本勢奪還,サイエンスポータル2020年6月23日,https://scienceportal.jst.go.jp/,<2020.7.20>
[4] 独立行政法人情報処理推進機構ソフトウェア・エンジニアリング・センター著, 編集, 新版組込みスキル標準ETSS概説書, 翔泳社(2009)
[5] Brain Pad,強化学習入門 〜これから強化学習を学びたい人のための基礎知識〜Platinum Data Blog 24(2017-02),
https://blog.brainpad.co.jp/entry/2017/02/24/121500,<2020.7.22>
[6] きたやまおさむ,前田重治,良(イ)い加減に生きる-歌いながら考える深層心理-(講談社現代新書2522),講談社(2019)
[7] NHKBS1, BS1スペシャル:新型コロナ挑み続ける研究者たち;東大 河岡ラボ100日の記録, https://www2.nhk.or.jp/hensei/program/p.cgi?area=001&date=2020-07-23&ch=11&eid=21011&f=2443,<2020.7.25>
以上
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