コラム KAZU'S VIEW
2020年04月
新型コロナウイルスが改めて我々に問いかける「人間とは何か?」と
連日の新型コロナウイルス関連ニュースによって,この言葉が聞き慣れた語彙の範疇に入ってきた.2月以降,毎日耳にする言葉が次第に身近なものとなり,我々の生活に入り込んで来ている.そろそろ,日常生活の中でこのウイルスとの戦いを考える段階になったのではないか.すなわち,長期戦を意味する.4月22日20時20分(日本時間)時点で世界では感染者数2,573,143人,死者数177,602人,そして回復者数688,129人となっており,日本国内に目を向けると,感染者数11,581 人(世界の0.5%),死者数283人(世界の0.2%),そして回復者数1,356 (世界の0.2%)となっている[1].感染拡大に伴い,感染者の治療環境が危機的状況(医療崩壊)になりつつある.TVニュースでは医療従事者に対する偏見が伝えられ,腹立たしさを覚えるが,一方で,医療従事者が家庭に帰って我が子を抱きしめたい,家族に会いたいなどの希望は感染要望の上で叶えられない.そして感染患者が死亡した際に,近親者さえ死に目に立ち会えないという現実を目にすると,心がきしむ思いでいたたまれない.不安よりこの非情さに情動が支配される.この心のエネルギーは何処に向かうのか?我に向かうのか?
緊急事態宣言が国や地方自治体から発せられ,営業や外出自粛要請で人通りが絶え,テレワークや交代勤務などの生活様式の変化が,にわかに身の回りに起きてきた.このような動きは,人の社会的行動様式の変容を強いている.人は1人では生けてゆけない動物であるが故に,このような強要は人間にとって最大の弱点への攻撃であることを今回のコロナ禍は教えている.感染拡大防止策のポイントは人と人との接触を寸断することである.有史以来,人類は,動物個体としての弱さから,組織化する事で強化する術を学び,伝えて来た.これが,人の社会性の必然であったのであろう.この社会性を絶つことで生き延びる策を講じている今の我々は,これまでの人類の延命と種の継続の課題を解決してきた過程で積み上げて来た累積的学習効果に対する自然(ウイルス)からの挑戦として受け止められないか.ウイルスは自己増殖能力を持たないため,他の生物の細胞を介して増殖を行う.その際,細胞に入り込む方法には2つがあるという[2].1つは「吸着」と呼ばれ,ウイルス側と細胞側両方に鍵と鍵穴のような関係を持ってお互いを認識し,細胞漠のドアを開けるウイルスの鍵が細胞膜の持つ鍵穴にフィットするとウイルスは細胞に入れる.この鍵はヘマグルチニン(hemagglutinin/hemagglutinin, HA)とよばれる抗原性糖タンパク質であり,コロナウイルスの形態的特徴であるエンベロープから飛び出した王冠の出っ張りの部分である.このようにして宿主の細胞内に入ったウイルスは,細胞内で増殖し,細胞から外に出て行く.その際に,再び,細胞膜を通り抜ける必要が生じる.この時の鍵は,ノイラミニダーゼ (viral neuraminidase:NA)と呼ばれ,これもウイルスの表面に存在する.これまでにHAは16種類,NAは9種類が明らかになっているという[3].ちなみに,ニュースでコロナウイルスの絵の近くに,例えば, H5N1(鳥インフルエンザA,[4])のような表記を見たことがあると思うが,これは,HはHAで1〜16,NはNAで1〜9のパターンで表記されたウイルス型(名称)である.もう1つの方法は「侵入」と呼ばれ,エンベロープが宿主細胞の細胞膜と融合することにより,細胞がウイルスを取り込む形になる.このようなウイルスの感染プロセスには様々のパターンが予想されており,今後,これらの解明が研究課題として上がっている[5].このような巧妙な行動をとる,寄生生活を送るしかない,そして生物とはいえないウイルスはどのようにしてこの世界に現れ,どんな使命をもっているのか?
20日から大学の授業が始まった.3密(密閉,密集,密接)の典型的環境下で感染防止策として取られている方法は,ネット授業(遠隔授業)と呼ばれる情報ネットワーク(インターネット)を使ったデジタルネット(遠隔)授業である.教員からすると教室を使わないテレワークであり,働き方改革そのものである.様々なデジタル教材を準備し,これらをネットワークに乗せて受講生に配布する.受講生は,自修結果をネットワークで提出する.教員は,この結果をチェックし,再び,受講生にフィードバックする,というプロセスの繰り返しになる.実験系を除いた授業は,これで何とか急場は凌げると考えられている.多くの大学教員は,デジタルネットワークツールを使って教える事を改めて考えさせられる良い機会になっている.これを機に多くのICT(Information Communications Technology)技術の活用が高等教育の場で行われ,その結果としてこれらの教育経験を持った人材が社会に出て行くことで,デジタル社会への環境整備が整うのではないか.インターネット社会で個人学習とグループ学習の違いと,その使い分けを学ぶ機会にもなろう.このことは我々の社会生活における労働(生産)と消費の両面で大きな実質的変化をもたらす.営業自粛で経済活動が停滞している中で,これを機会に成長しようとするICT関連業界や,それとは対照的な既存業界とに業界は二分されるであろう.しかし,対応次第では危機が機会に,機会が危機になる可能性も高まる.以上のように,今回のコロナ禍は今後の我々の社会変革に大きな一石を投じるであろう.人と人が,そして人と社会がどのように関わり合うのかを,この目に見えない得体の知れない新型コロナウイルスが問いかけている.
60兆個の細胞から出来ている人間が[6],RNAしか持たないウイルス風情に,人類社会を翻弄されている現状を見ていると,人間もそれほど進化していないような思いに駆られる.されど人間,理性と感性を持ち合わす人類の「明日はどっちだ」[7]?
参考資料・文献
[1] Template: 2019–20 coronavirus pandemic
https://en.wikipedia.org/wiki/Template:2019%E2%80%9320_coronavirus_pandemic_data
2020年4月22日アクセス
[2] 日本ウイルス学会,第11章 ウイルスとは,(2005)
http://jsv.umin.jp/microbiology/main_011.htm ,2020年4月22日アクセス
[3] 加藤茂孝,人類と感染症の歴史,丸善出版(2013)
[4] 厚生労働省, 鳥インフルエンザA(H5N1)について,
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000144523.html
2020年4月26日アクセス
[5] 田口文広,総説2. コロナウイルスの細胞侵入機構:病原性発現との関連,ウイルス, 第56 巻,第2号,pp.165-172(2006)
[6] 山科正平,細胞発見物語-その驚くべき構造の解明からiPS細胞まで-,講談社(2009)
[7] 梶原一騎原作,ちばてつや画,あしたのジョー,少年マガジン,講談社(1968〜1973)
以上
令和2年4月