コラム KAZU'S VIEW

2016年06月

30年勤続表彰をもらって思うこと

6月1日は私が勤務する学園の59年目の創立記念日である。そして、私が満30年間勤続した区切りの日でもある。正確には、今の勤務先に赴任したのは昭和60年(1985年)11月1日であったので30年を超えた年月を過ごしたことになる。生まれは山梨で、高校まで生活し、その後、東京で14年ほど暮らしていた。従って、山梨、東京のそれぞれの滞在時間のほぼ倍の時間をこの地で過ごしたことになる。
 この地に来た当初は、冬の雷、地面から吹き上げるように降る雪、シャーベット状の重い雪、冬の除湿器、ウインカーを出さずに進路変更する女性ドライバー、「北に下る。」という表現、トト楽とカカ楽の両立する文化などなど、カルチャーショックは数限りなかった。
 後ろ向きではあるが、この30年間を10年ごとに分けて自分のやった価値創りを整理・整頓してみたい。まず、1985年から94年の10年間における時間は研究中心であった。研究テーマは、トヨタ生産方式を題材とした多段階生産在庫発注方式に関する研究と融合モデルを基礎とした新製品開発管理システムに関する研究であった。この間、海外出張は19回であった。1995年から2004年の間は、価値モデルに基づき、これまでの研究を統合化し、サプライチェーンやビジネスモデルへの展開を図る研究であった。ちなみに、この間の海外出張は28回と前10年から倍増し、海外での活動が多かった。そして、2005年から11年の間は、人材育成を中心とした教育プログラムの開発および改善に関する研究が中心となった。また、海外からの留学生を受け入れ、国際共同研究を行った。この間の海外出張は18回であったが、3つの国際会議(ISPIM,IFPR,APIEMS)からフェローの称号をいただき、1つの国際会議の会長も務めさせていただいた。
以上のように、この30年間を振り返ると様々な思い出が心をよぎるが、この30年間で自分にとって最大の成果は国内外の人的ネットワークであると思う。研究と教育(?)の活動を通じて多くの人達と出会い、交流することが自分を育て、ここまで導いてきてくれたのだと思う。還暦から、早5年が過ぎようとしている。この5年間の自分の変化の歩みは急速に低下していることを感じる。寂しいと思う反面、次世代に引き継ぐ楽しさもある。これからの余生は、人財育成三昧に浸ることを楽しみの1つにして前期高齢者の時間(トキ)に期待したい。
以上
平成28年6月

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