コラム KAZU'S VIEW

2016年02月

NHKスペシャル:日本人は何を目指して来たかを見て思うところあり

司馬遼太郎氏のライフワークである「日本そして日本人とは何か」の集大成「この国のかたち」をモチーフとした番組を見て思った。この番組は2回に分けて放映されたが、第1回目のキーワードは、島国、好奇心そして無思想という思想であった。2回目のキーワードは、武士、恥(名こそ惜しけれ)そして個の確立。第1回の時代は明治を起点に6・7世紀にその原点を求めている。第2回はその起点を鎌倉時代の12・13世紀に焦点を当てて、坂東(バンドウ)武者を変革の旗手として公私の価値観をテーマにしている。この武士文化が明治の近代化を成功裏に進められた理由としている。そのうえで、現代日本人の今後の課題として、個の確立を提言している。これは、司馬氏の著書「坂の上の雲」の中に出てくる福沢諭吉の「学問のススメ」の一節、「一身独立して一国独立す。」(2009年11月コラム参照)の意味であろう。
そもそも、国とは何か?国(くに、こく)という言葉から連想するのは、国家、令制国(リョウセイコク、奈良時代から使用された律令制下の行政単位で明治時代初期まで用いられ、旧国名(常陸国、越国など)として、都道府県の別名や、都道府県内の地域名として用いられる)、お国訛(クニナマ)り(故郷や出身地の意味)、国津神(クニツカミ:天に対し地の意味で使われる神話の世界の用語)など、多様な意味合いで使用されている。すなわち、個人に対する公(オオヤケ)の概念が多様にあるという、日本的文化(価値観と行動様式)を象徴する言葉なのかもしれない。今日の「社会」という概念に近いものではないか。個人を取り巻く環境としての社会は個人から影響を受けるとともに、個人にも影響を与える。司馬氏のいう「この国のかたち」とはこの社会創りを言っているのではないか。その日本的社会が極東の離れ小島の取るに足らない価値から世界基準の価値になったことが明治以降の日本の評価であり、その自覚を日本人が持ち、これを情報発信するとともに、自ら進化させるための努力としての課題が、「個の確立」であり、「一身独立して」のメッセ―ジと受け止めたい。
私の日本変革周期説は6〜7百年である(2003年9月の最初のコラム「和魂和才」参照)。これは、上記の2つの時代区分と符合する。有史的なコンテクスト(文脈)になるが、第1期が聖徳太子に代表される仏教文化生成であり、これは雅(ミヤビ)の世界を成熟させ、これに変わった武家時代が江戸時代の鎖国政策により武家文化の成熟に至る。これを変革したのが明治であり、これが今日に続いている。この仮説に基づけば、日本の次の変革は24〜25世紀になる。どのような変革か、興味もあるが怖さもある。
個の確立の課題を明治から検討し、日本価値が世界価値となった今日、改めて捉え直して見ると、月並みではあるが、そのための人材育成を今から考え、試行し、次代に継承してくことを日本人1人1人が模索していく必要を感じる。そのためには、1人1人が自分を持ち、その上で、その未完成故の不安を、他者を通じて学ぶことでその不安を払拭することのできる場と時間を創りあげることが必要ではないか。「教えることこそ最大の学び」、「教学半ば」、「人に教えることと師から学ぶこととは相補い合うもので、両方を経験してはじめて学業も向上する(経書の説命)」、To teach is to learn.We learn by teaching. Homines dum docent discunt.(ホミネース ドゥム ドケント ディスクント/ラテン語で、人は教える間、学んでいるの意)などなど。この言葉の解釈には、個人の完成度を高めることを目指す学びか、個人とそれを取り巻く社会の両方の完成度を高める学びかの2つの視点からの議論があるようだが、いずれの主張も学ぶことの価値は共有されていると思いたい。ここ十年来、人材育成に関心を持ち、日本発の改善活動を、仕事を通じて学ぶLearn by workのスタイルを目指し、継続的な知識創造を行い、自分を変えて、周りを(環境、社会)変える人材育成のプログラム開発と実践を行っている。この番組にこの歩みの背中を押してもらったような思いに駆られた。
以上
平成28年2月

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