コラム KAZU'S VIEW

2013年02月

韓国で最初の女性大統領の誕生で思うこと

2月25日に大韓民国で初めての女性大統領、朴槿恵(パク クネ)が誕生した。第18代目になる。朴大統領は韓国の第5代〜第9代大統領である朴正煕(パク・チョンヒ)の長女である。電子工学を専攻し、主席で卒業後、フランスのグルノーブル大学に留学したが、その途中で、母親が1974年に文世光(ムン セグァン)事件で暗殺された。また、父親も1979年に側近のKCIA部長金載圭(キム ジェギュ)に暗殺され、さらに、本人も2006年に遊説中に暴漢に襲われ10僂領傷(レッショウ)を負うという、親子でテロに会うという過酷な経験を持っている。
彼女の亡き父親は、高木正雄(タカギ マサオ)という日本名を持った人物である。その経歴を見ると、日本との関係が深い。彼は、1910年の韓国併合(カンコクヘイゴウ)より始まった日本統治時代に導入された義務教育制度によってその才能を発揮し、1942年日本陸軍士官学校を経て、1944年満州国軍歩兵第8師団に配属された。その後、アメリカ(連合軍)統治下で警備士官学校を経て、朝鮮戦争後にはアメリカの陸軍砲兵学校に留学し、帰国後、陸軍大学を卒業している。1961年軍事クーデターを起こし、国家再建最高会議議長に就任すると共に秘密諜報機関である韓国中央情報部(KCIA)を設立し、大統領権限代行を経て、1963年韓国大統領に就任している。彼は大統領として1961年に韓国国民1人あたりの所得が、わずか80ドルだったものを、1979年には1620ドルと、20年弱で20倍以上にまで引き上げ、「漢江(ハンガン)の奇跡」と呼ばれる経済的発展を韓国にもたらした。これは1961年に我が国の池田勇人(イケダ ハヤト)内閣が掲げて成功裏に達成した国民所得倍増(コクミンショトクバイゾウ)計画に学んでいる。一方、工業化にある程度成功した頃には農業の遅れが目立つようになり、それを取り戻すために、農業政策でセマウル運動を展開し、農村の近代化を果たした。また、高速道路の建設にも力を入れた。1965年には「日韓基本条約」を結び、日本との国交を回復した。韓国が正式に先進国の一員として認められたのは1996年にOECD加入した年になる。しかし、彼のこれらのプラス面に対し、権力奪取の過程で軍事独裁政治色を強め、これに抗議するデモが頻繁(ヒンパン)に起きるようになると、これを武力で弾圧したこともあり、そのため、極悪非道(ゴクアクヒドウ)の独裁者という評価も韓国国内にはある。このように彼女の父親の国内評価は2面性を持っている。しかし、彼女の大統領選挙戦の時は、父親のプラス面の評価機運が高まり、彼女を後押したという指摘もある。彼女は大統領選で、「国民が幸せな希望の新時代」、「新しい韓国」、「幸せな韓半島」をスローガンに掲げた。また、日本、韓国、中国を結ぶ「北東アジア列車フェリー構想」の提唱も行っている。
2010年11月のコラム「平城京遷都から1300年の歴史に見る日本国のルーツ」で7世紀頃の東アジアの中国、韓国および日本で女帝・女王が初め誕生し、それ以後今日までに、中国では1人、朝鮮では3人、そして日本では8人(内2名が2回即位)が女性の国家リーダーとなっている。朝鮮半島で最初の女王、新羅(シラギ)の第27代善徳女王(ソンドクジョウオウ)は三韓一統を掲げた。今回の韓国での女性大統領の誕生は7世紀以来、女性による東アジアの国家リーダー誕生の先駆けとなることを期待する。1300年の時を経て、東アジアに女性を先達(センダツ)とする新たなネットワーク形成が創出されれば、明治時代以降の日中韓の関係に新たな女性視点の関係再構築の機会が訪れるのではないか。
以上
平成25年2月

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