第19回 ECTM
企業倫理の実践例―東京電力、日立、日本テキサス・インスツルメント
「東京電力における企業倫理の実践について」
牧野 達謙 氏(東京電力株式会社総務部企業倫理グループ 主任)
本日話すことは、以下の3つである。
- 企業倫理定着化に向けた取り組みの経緯と全体像
- 企業倫理定着活動(評価制度を含む)の展開
- 今後の課題
1. 企業倫理定着化に向けた取り組みの経緯と全体像
<主な経緯>
- 平成14年8月の原子力不祥事発覚、当社は企業倫理の定着に向けて本格的に取り組み始め
- 同年9月「四つの約束」を公表:原子力関連3つと企業倫理の遵守
- 同年10月:委員会の設置、企業倫理グループの発足
- 平成15年3月:「企業倫理遵守に関する行動基準」:企業倫理定着活動を開始
<原子力不祥事とは>
過去に原子炉設備などで発見された「ひび」などの不具合について、事実隠しや記録の改ざんなどを行ったことが発覚した。
⇒ 信頼の失墜、ブランドイメージの低下
<企業倫理遵守プログラム>
- 3つの取り組み
- 企業倫理の遵守の方向性や基準を明確にすること
- 体制を整備すること
- 「しない風土」「させない仕組み」の構築
- 企業倫理を遵守した活動を定期的にチェック、モニタリング
2.企業倫理定着活動(評価制度を含む)の展開
<考え方>
- 意識改革、上から押し付けでなく
↓
本店の役割:1. 基本方針を示す 2. 必要なツールを提供する
具体的な実践・活動(研修):職場(企業倫理責任者・担当)が自主的に判断し実施
社内外のモニタリング調査で定期的にチェック
- 目標とする行動基準
- 一人一人が誠実な行動を実践
- 何でも言える職場
<行動基準の理解活動>
- ツール:ケースメソッドや行動基準、eラーニング、Q&A集、分かりやすい解説
- 基礎:理念・ルールをそのまま覚える、高度:倫理的思考回路
<意識付け>
★企業不祥事は組織の“生活習慣病”、企業倫理定着活動は、そうならないための、組織の恒常的な“健康管理”と考えている
<定着活動の評価>
- PDCAサイクルまわす
- Cについてはモニタリングと「金・銀ベル表彰」
3. 今後の課題
仕事の基本ができていないと、無意識のうちにルール違反を引き起こしかねない
⇒ 基本にのっとって手堅い仕事
「日立の企業倫理について」
喜古 俊一郎 (株式会社日立製作所 品質保証本部QAセンタ 主任技師)
1. 会社の概要
- 1910年の創業、従業員数約40万人、系列の会社は932社(海外含む、2006年3月まで)
- 総合電気メーカー:洗濯機から新幹線や電力機器まで
2. 企業倫理プログラム
8つの項目に基づく
<経営トップのリーダーシップ>
トップの考えを発信(CSRの報告書や、社内のホームページ、社長が直接回る)
<倫理綱領の策定>
ビジネス倫理ハンドブックで日立マンとして最低限守らなくてはいけないルール。5章で技術者倫理の遵守(公衆の安全を第一優先など。正直、公正な行動を!)「日立の創業精神」「落穂拾いの精神」
「日立の創業精神」:「和」「誠」「開拓者精神」
<専門組織の設置>
技術者倫理分科会(社長直下):委員8名と各事業部、研究所、各グループ会社の相談者や指導者、いわゆるメンターで構成
<コミュニケーションの推進>
メンター間の情報の共有化を図るために、ホームページを開設半年に1回、メンターを本社に集めて全体会議を開き、情報の交換。
<教育・研修の実践>
全社教育と各事業部
- 全社教育
eラーニング「ビジネス倫理ハンドブック(15分)」「技術者倫理(200分)」
技術研修「管理者向け技術者倫理」
- 各事業部
講演会「技術者倫理」「基本と正道」などのテーマ:外部講師、部長クラスが講師に
技術研修「技術者倫理」講座::毎月1回、30名定員
「管理者向けの技術者倫理」札野先生
「他社紹介」TIジャパンの村松さん
倫理カードの製作
アンケート
<相談窓口の設置と運営>
- ホームページからコンプライアンス本部に通報できる、あるいは直接取締役会に相談できるという窓口
- 原子力事業部ではポスターを作り、常時、メールや電話で相談を受け付ける環境
- 気になる木箱(目安箱)
<モニタリングの定例実践>
- パソコンを使ってケースメソッド倫理学習を通じてモニタリング
結果より教育効果を重視
5問中4問以上正解した人の割合のトレンドを見ている
<経営倫理と広報>
<PDCAサイクル>
- 期末に前年度の取り組みを評価、次の年度の活動計画に反映
3. 今後の課題
「TI Ethics 日本TIにおける企業倫理実践について」
村松 邦子 (日本テキサス・インスツルメンツ株式会社 エシックス・オフィス シニアマネージャ)
ポイント:価値共有型のエシックス、文化醸成
1. TI, 日本TI会社概要
TI全体
- 半導体の会社
- 1930年創立、世界25か国で事業を展開
- 1960年代からグローバル展開:どこの国へ行っても同じサービス、同じ品質のものを提供するために、全社としての統一の価値観や倫理基準は不可欠だった
- 一つの商品の生産過程を全世界の各国で分担してやっている→基準、ルール、ITのシステム、価値観の教育、行動規範
日本TI
- 1968年に設立
- 開発、製造、販売まで一貫した体制
- 社員数は2500名(95%が日本人)平均年齢は40歳前後
2. 企業倫理活動の推移
- 1930年 テキサス・インスツルメンツ創立
企業理念“Integrity”(誠実であること)高い倫理観は創業以来の
- 1961年 倫理綱領の成文化“TIにおけるビジネス・エシックス”
- 1987年 エシックス・プログラム開始(PDCA)
- 1992年 日本TI エシックス・プログラム開始
- 1998年 新行動規範“TIの価値と倫理”制定
価値共有型にシフト:21世紀におけるビジョンを再確認
ネットワーク社会におけるデジタル・ソリューションのリーダーになる
- 2003年 全社員向けエシックス教育に Eラーニングを導入
- 2004年 “TIの価値と倫理”改訂、 TIのビジネス行動規範制定
※1990年代後半以降、会社が変革の時期にあった。15の部門を売却して25の事業会社を買収:大きな変化の中で、新しいビジョンと行動規範が必要であった。
3. 日本TIのエシックス・プログラム
<Know What's Right, Do What's Right>
- 正しいことを知り、正しいことをしよう!
- 行動でまよったら相談してもらう。フォローアップが大切
<経営トップのコミットメント>
- ビジネスかエシックス判断を迫られたら、迷わずエシックス
- 年頭挨拶でも倫理に触れる
<価値観の共有とコミュニケーション>
- 4半期ごとの世界TIのCEOの会議でも触れる
- エシックスカードを社員証と共にお守りとして渡す
<教育・研修プログラム>
- 自律的に動ける人材育成
- 価値共有型のワークショップ:あなたが大切にしているものは何ですか? 会社が大切にしているのはこれですよ
- 階層別研修での倫理(管理者研修など)
「わからないことは上司、人事、法務、エシックス関係者に納得がいくまで確かめてください」という社の方針の中、上司になったら、法律に触れていないか、TIの価値基準に合っているか、答えられなければならない。
- ケーススタディ必須、E-ラーニングは補助的ツール
<統合的な取り組み>
- 社員には、よいことができる、と性善説的にコミュニケーションし、不正の起こらない仕組みづくりは性悪説に沿って作っている。1980年代から内部統制やコーポレートガバナンスにも取り組み。それと、価値と倫理は、車の両輪。
4. エシックス・カルチャーの醸成と今後の課題
- 「コンプライアンス・エシックスがしっかりしている」という理由で日本TIに入ってくる進入社員もいる。社員から「こういう会社で働いていることを誇りに思います」との反応も。モラル、モチベーション
- エシックス担当の私の役割
関連部門と連携して進めるためのファシリテーター役、
専任は日本で一人(村松さん)
アメリカでもエシックス・ディレクターは一人
- エシックス・プログラム:HPで公開(10年くらい前から)
- ウェブですべて公表しています。理由は、当初は実は非常にお問い外部の方からも意見をどんどんもらえるように心がけている
<今後の課題>
- 多様な雇用形態:正社員2500人に対して、非正規社員、契約、派遣、請負のかたが1000名
この中で、いかに企業文化として維持・定着していけるのか
「企業倫理プログラム・モデルに関する研究」
金沢工業大学 大場 恭子、早瀬賢一
1. 研究の概要
出版物およびインターネットによる文献・資料の調査」と「倫理プログラム等の優れている企業へのインタビュー調査」をして、最終的には企業倫理プログラム・モデルを金沢工業大学として作っていく
2. KITの企業倫理プログラム・モデル
技術系の企業の倫理プログラム
強い企業であるためには、技術倫理、企業倫理、CSRの取り組みが別物であってはならない。
3. 技術倫理/企業倫理/CSRの主なトピックスと担い手
- 技術倫理 1999年JABEE
<担い手>
技術の教育現場(工学系高等教育機関)、技術系学協会、各企業の技術関連部署
- 企業倫理 2002年経団連「企業行動憲章」再改定
<担い手>
各企業
- CSR 2008年ISO化
<各企業>
4. この研究ですること
@ 現状の取り組みをチェックする
A “役立つ”モデルの構築
<具体的には>
- ECTMの利用
文献資料から、BERCさんが企業倫理に必要なものとして挙げている要素の六つを取り出して、どういう企業が倫理綱領をどのような形に策定しているか、あるいは経営トップおよび管理職の役割のリーダーシップはどうなっているかといった、すでにBERCさんが出されている項目を基に整理した。
- 企業へのインタビュー調査
関連する綱領の策定あるいは改定がどういう経緯、方法で行われてきたのか、あるいは、部署や担当者もあるのですが、経営トップのリーダーシップはどうなっているのか
5. 現在の作業状況
- 文献調査、インタヴュー調査を行った。
- インタヴューではグッドブラックティスの抽出、倫理プログラムのニーズシーズ分析
- 文献とインタヴューから、組織体制や個人のあり方に関するチェックシートの開発
<チェックシート>
@ 組織体制と社会の整合性のチェック
A 従業員意識のチェック
6. 従業員意識チェックシート(対象:各従業員)
<チェック内容>
- 自分たちの行動の何に倫理的に問題があるのか
- 自分たちの組織が自分たちの目から見てどのような状態か
<シート作成方法>
- 文献調査からチェック項目の抽出
- 主に3つの視点から
- アンケート調査の実施:個人の意識行動と組織制度施策と組織風土の相関を分析
<個人の意識・施策項目について>
- 安全優先の判断
- 公衆の安心
- 問題への判断におけるプロセスは適切化
- 科学者としての自律的意思決定
- 専門能力を磨いているか
←従業員が倫理やコンプライアンスを守るために萎縮していないかもあわせてチェック
7. EAB(Ethics Across the Business)
日常業務の中でCSRなどを進めていけるように
8. 企業倫理プログラムの重要要素
- 経営トップのコミットメント
- コミュニケーション
- 教育研修
- 効果測定
Q&A:
1. TIの雇用形態
Q:雇用形態が多様化する中で、どのような雇用形態をTIの価値として掲げていくのか
A.(TI)どのような雇用形態がよいのかは、コンプライアンスを守りながら経営戦略の中で考えていく。社員教育に関して、正社員は長い時間をかけて文化を受け継いでいくが、短期間働く社員に対して同じ方法がよいのかは検討が必要。また、男女雇用機会均等法改正にちなみ、ハラスメント防止教育に今年は力を入れている。派遣社員も社員も一緒に研修をし、Integrity(誠実であること)や、ダイバーシティ(多様性)の重要性を教育していっている。
2. 他の部署での取り組みに関する情報共有
Q:トップは方針を示し、実践は現場でということだが、他の部署での取り組みに関しては現場ではどのように情報共有しているのか。
A.(東電):ポータルサイトで情報をアップしたり、月1度の意見交換会を通じて情報共有している。
3. 技術者の自律性
Q:会社の中で技術者の自律性をどのように守っていくのか
A:(大場)現状としては会社によって異なっている。専門職・技術者としての意識の強い会社もあれば、そうでないところもある。例えば企業倫理さえ守っていれば間違いがないという考えの方もいれば、企業倫理以外に技術者としての生き方があるのだ、という人もいる。このばらばらであることに対して一体化が必要ではないか。
4. マンネリ化防止策
Q:不祥事を起こした直後は危機意識が強いが、マンネリ化してしまうという話が出た。マンネリ化を防ぐためにはどのようにしたらよいか。
A:(TI)アプローチを変えるといった工夫、トップのコミットメント。研修では毎年フォーカスするテーマを変える。
A(日立):リフレッシュ教育をしている。他者の不祥事があったときに、自分たちの不祥事のことを思い出し、うちの会社だったらどうするかを問いかけたりする。
A.(東電)ITに同じ
A(大場):危機意識を保つためには危険を何度も体験しなければならないという問題点がある。それよりも、あたり前の状態の何がいいのかを考え、それを当たり前にしていくことが重要では。
5. 北風対策か太陽対策か
Q:新聞で、JALは太陽対策をとり、東電は北風対策であるという記事を読んだが。
A(東電):厳正的確処理という形で社内ルールの徹底はしっかりやっているが、おかしいルールは変えていこうという取り組みはしている
A(日立):ルールは守るべきだが、その時代にあったルール改善を進めている。ISOをとったときは基準を整理して半分くらいにした。
Q(佐藤):東電も日立も最右翼企業であり、良い企業になってもらいたいが、それは生半可ではいかない、リセットが必要なのではないか。
A(大場):東電から今回、あれだけのかいざんの数が出てきたのは評価ができると考えられる。
A(東電):確かに私どもは仕事の基本ができていませんでした。今、何でもいえる職場を目指してがんばっていっているところである。
Q(札野):業務単位のグループでなく、クロスファンクショナルに倫理や価値を議論していくセクションを社内につくってはどうでしょうか。
A(日立):できないこともないと思うが、それよりは何か困ったことがあったら相談すればよいという相談窓口を作りそれを守ってもらうことのほうが重要だと考える。
A(東電):ケースメソッドのときなど違うグループを組んでやる店舗もあります。
6. ケースメソッド
Q:ケースメソッドでは、どのようにケースを選ぶのか。
A(日立):以前は仮想の事例を使っていたが、今は身近な不祥事があるからということでそれらを使っています。公衆の安全、健康、生命に大きく影響するようなものを事例としてあげて議論している。
A(東電):本店として40ケースくらいを出している。各部門から事例や問題を収集してまた、世間での不祥事からも取っている。
7. 日常の中での倫理実践
Q(早瀬):実際の業務の中でどのように倫理の視点が生かされているのか。
A(日立):業務に関して特に倫理という言葉を意識して仕事をしなさいとは言っていない。社内ルールを守っていれば自然に倫理的行動になる。
A(東電):悩んだときには、行動基準、我々でいうと安全最優先、誠実な行動、ルールの遵守、多くのコミュニケーションという行動基準に立ち返ってくださいといっている。また、ケースメソッドで、職場ごとのオリジナルケースと作って、日常の仕事に落とし込んでいっている部署もある。
A(TI):倫理は通常良識という形で意識の基礎に入っている。倫理を意識するのはジレンマに陥ったケースだろう。そのときには、相談して問題をオープンにして、いろいろな視点で考えていくことが大切だと常に言っている。
8. 誰が倫理を教えるか
Q:誰が倫理を教えるのが効果的か。
A(東電):うちでは各職場のNo.2が倫理担当となっている。
A(TI):その教育の機会ごとの最適者を考えるようにしている。一般に自分が教えるときは先生という立場よりも、一緒に考える仲間と考えている。また職場の長が自分の言葉で伝えていくというのはとても効果的であるため、それを行うことがある。
A(札野):TIさんに同感で、学習・教育目標によって最適者は変わると考える。
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