日本ハムグループ コンプライアンスへの取り組み
(サマリー)日本ハム株式会社 宮地敏通
1.日本ハム牛肉偽装問題
日本ハムグループでは、2002年に不祥事を起こした。
<事件の概要>
国産牛肉に対して国の補助金が出るという制度を悪用し、古くなった輸入牛肉を国産牛肉と偽って詰め替えて申請するという事件が、2002年8月に発覚した。具体的には3人の各支店の営業部長の判断で行った偽装であった(これに対してマスコミは、最後まで会社ぐるみの偽装ではないかと疑っていた)。
事件が発覚する直前は二桁成長を続けていたが、この発覚で商品が回収され、売り上げも落ちた。その落ちた売り上げが戻るには4年を要した。
(業界的には、当時食品業界(酒、タバコを除く)で、トップは雪印乳業、二番が日本ハムであった)
この事件を機に、日本ハムでは、会社のコンプライアンスに関する改革を進めていった。
<日本ハムの概要>
- 売り上げ9600億円強。
- 従業員数は28000人(平成18年9月末)。当時27000人。
- 売り上げが一番多いのは食肉。その他、ハム、ソーセージ、水産、乳製品、野菜、健康食品、フリーズドライ、スポーツ事業
- 日本ハムグループの内訳(合計821拠点・・平成14年当時・・のうち、営業拠点が433、店舗が185、工場が96、以下ファーム、サービス、物流、など)
- 体制:不祥事が起こったのはすべて営業所。独立した建物で、基本的に一人の管理職(所長)と2十数名の従業員でやっている体制で、その営業所のあり方はその管理職(所長)の資質で大きく左右され、何かあっても情報が所長でとまり本社に上がってこないという問題があった。また、部門間の交流が少なく、入社してから同じ部門で長く働き続けるというシステムであった。また、背景に、部門間の売り上げ競争があった。
2.再発防止策
まず、「企業倫理委員会」を設置した。これは、全員が社外の人からなる委員会であった(代表は、高巌夫先生。社内の一人は組合代表)。企業倫理委員会は社外者3名からなる改革調査委員会を設け、そこで問題の背景を調査し、大きくは3つの問題があると指摘、それに対応して倫理委員会から10の提言をもらい、それに沿って社の改革をしてきた。
企業倫理委員会と改革調査委員会の報告書や提言は、HP
http://www.nipponham.co.jp/news/2003/0314/files/file01.pdf
http://www.nipponham.co.jp/news/2003/0314/files/file02.pdf
で公開。
2−1.行動規範
行動規範を新しく作成した。倫理委員会からの提言により、30から45歳までの各業種(営業、開発、生産など)の代表を集め、合同で行動規範を作成した。最初に、高委員長が取り組みの方向性などを説明し、作業が始まった。そこでは、各自が実際に仕事をやってきた中で、実際にあった法令違反や倫理違反や、危なかったことがあったらカードに書きなさい、という課題を出されて取り組んだ。最初は出てこなかったが、合宿が進んで雰囲気的になじんでくるにしたがって、最後には400以上の事例が出てきた。それを整理して行動規範策定の土台とした。
2−2.行動規範の周知と徹底
作成された行動規範の周知と徹底をおこなった。
2−3.総点検活動
行動規範以外にほかに問題ないかチェックを行った。具体的には、@品質表示、A法令・届出・申請、B運転免許(6000台のトラックを日本ハムは保有)、C時間外管理であった。
@についてはこれまで部門間の連絡体制のあり方を問い直すこととなった。共有すべき品質に関する連絡がすべて紙ベースであり、お得意様への商品カルテを作るときに正しい品質情報が出せないこともあったのに対して、データベース化を行った。Aについて調べた結果、簡単なものでは、消防関係のことで火元責任者や防火責任者の転勤があっても、届け出がそのままになっていたというが出てきて管理徹底した。B運転免許に関しては、飲酒運転(ビールを飲んで4時間仮眠して運転してひっかかるなど)を減らすために、飲んだ日は一切運転しないことを徹底した。Cについては、当時は長時間労働が当たり前だったが、まずサービス残業をなくした。しかし、営業部門では、取引先へのサービス競争もあり、実施には抵抗があったが、現状ではかなり浸透してきている。
2−4.情報ルートの確立
情報ルートの確立を行った。従業員からの相談窓口として、社内窓口(経営倫理室)と社外窓口(顧問ではない弁護士事務所と専門会社)を整備した。専門の会社は全員女性の相談員とし、受付時間なども工夫して相談しやすくした。また、各社内組織、グループ会社に対しては会社情報管理規則を作り、非日常的なことがあればすべて報告しなさい、迷ったときにはすべて報告しなさい、という規則を設け運用している。たとえば、災害が発生したとき、回収不能金が発生したとき、商品の不都合が判明したときなど)。
2−5.NTプロジェクト
これは内部統制プロジェクトである。一元的にトップダウンでやるのでなく、事業単位で独自性をもって当事者が策定、浸透に取り組んでいる。
2−6.コンプライアンス体制
日本ハムグループでは、トップのコミットメント、周知徹底、モニタリングの3つの要素が大切と考えて体制を構築している。
まず、コンプライアンス推進委員会とコンプライアンスリーダーを設置。コンプライアンスに関する情報は経営倫理室で一元管理している。経営倫理室では、報告された情報を18時で締め切ったら、20時までに必ず100名ほどの監査役にメール・携帯メールで発信している。隠し事をしないという方針を貫くため、発信の際には、こんな情報流したら誰かが影響受けるのではなどと考えないで、流すようにしている。また、月1度の取締役会で、入ってきた情報と対処と結果を一覧表を配っている。毎回20から30ページに及ぶ。重要なところや特徴点は口頭で説明し、質疑を行っている。
外への公表の基準は、法令違反、お客様の安全・安心に関わるもの、公金に関わるものとしているが、実際にはケースバイケースで運用している。
3.データ
労働災害率は日本ハムは、不祥事のある平成14年には少なくなったが、次の年からは大幅に増加した。これは、全国食品産業の平均2倍にあたる。それから、懲戒処分も件数、人数ともに増加した。不祥事以前は、1年で1人とかである。
このことをどう考えるか。改革前には、労災があってもそれが適切に報告されていなかった、不正があってもあがってこなかったのではないかと推測している。
また、この高い割合を受け、社として対策することになり、今、1つの工場をモデルケースにして、労災の要因分析と対策をしている。報告が正確でなければ判断も異なる。正しい情報が集まるか否かで経営判断も変わると言うわかりやすい事例ではないか。
★重要情報、相談件数合計では、人間関係、事故などに関するものが多い。
4.アンケートの活用
第1、2回アンケートでは、単に「守れましたか?守れませんでしたか?」とはい、いいえで聞くだけのアンケートだった。どうしても次の一歩を明確に把握することに難があった。
第3回では、手法を変え、質問同士の相関関係を整理していった。たとえば、コンプライアンス違反をしたことがあると答えた人は、他の質問でどのような答えをしている傾向があるのかをみて、コンプライアンス違反に関連の深い要因を探った。
その結果、「少なく甘い問題行動の処分」「現場主導重視」「グループブランドの浸透度が低い」「処遇の納得性が低い」といった要素がコンプライアンスを下げる要因として浮かび上がった。
逆を返すと、コンプライアンス遵守の推進力となるのは、
- 上司とのよい関係を気づくことができている。
- 仕事にやりがい誇りを持っている。
- 他に認められている。セルフエスティームの高さ。などであるとの結果を得た。
5.コンプライアンスは将来の競争力につながる
サービス残業をなくして、残業代をすべて払うと経営が成り立たないと言う声もあったが、別の効果があった。サービス残業をなくし、結果的に時短が進むと交通事故が減った。その結果自動車保険料が割り引きになり、不祥事前と比較して数億円以上の削減ができた。帰宅時間が早くなったことで、社員が家族と一緒に過ごす時間が長くなり、モチベーションの向上につながった。
すなわち今、マイナス情報を公開することで事故を未然に防止するなど、部分的なマイナス情報を全体のプラスに転化しようとしている。
しかし、この方向性に対して、なじまない人々もいるのも事実。私も含めて管理職の少なからずが、改革以前から管理職に就いている。結果重視の基準の時代から、今は大きく変化した。新しい基準の下、どのように業績をあげていくのか、さまざまな試行錯誤や迷いがあると思う。
6.リスク管理の考え方
6−1.リスク管理の原点
わが社のリスク管理の原点は次のとおりである。
- 社内的に隠し事が無い
- マイナス情報を一元管理し、共有化を図り再発防止につなげる
- 失敗や問題は発生すると言う前提にたって制度、仕組みを構築する
- コンプライアンスに取り組む時(内部統制再構築や金融商品取引法(J−SOX)対応)には、目的や効果を取り組み立ち上げ時に明確にしておく事が大事だと思う。(押し付けられ感の無い取り組みが重要)
また、次のように考えている。
- TOPの姿勢、目指す姿・・・問題があったときこそチャンス
- マイナス情報こそ伝え、共有すること
- 情報の横展開
- 押し付け感の無いコンプライアンス
- 当事者意識なくしては、コンプライアンスは根付かない
6−2.リスク管理の考え方
私見だが、法律で定められている最低限の基準に対して、従来の運用基準はその最低限以下のところにあるのが実態だろう。近年、法の運用基準があがっている。不祥事が絶えないのは、こういうところにも一因が在るのではないだろうか。
Q&A:
@社内の専門職の数と意思決定
Q:日本ハムには国家資格などをもつ専門職はどのくらいいるか。また、専門職(ASEC)の意思決定と会社の意思決定が異なった場合にはどちらを優先するのか。
A:弁護士とか会計士は、日本ハムグループの海外の会社にはいるが、日本にはいない。その他の有資格者はいるだろうが多くはない。工場ではHACCP、またISOの指導資格者などはいるが、詳細な人数などは今わからない。意思決定において、意見が異なって対立するというのはあまり考えにくい。
A会社の誠実さやコンプライアンスの測り方、評価の仕方
Q:日本一誠実な企業を目指すというビジョンを持つという話であったが、日本一誠実な企業といった場合、その誠実さはどのように測定し評価しているのか。
A:これは従業員に向けて社内向けに出した言葉であって、実際に社外と比較して測るものではない。
Q:測る予定はないということだったが、測ることはやはり大切。ミスコンダクトの数を数えて、減っているのを確認するのはできるだろう。
A:懲戒処分などについては、件数は去年より上回るのではないかと思う。相談件数も増加傾向にある。これは、前向きに考えれば、相談しやすくなってきたということか。
Bマイナス情報を表に出す方法
Q:コンプライアンスのために合宿したときに、コンプライアンス違反や危なかったケースをカードに書くという課題のとき、最初はでなかったがだんだん出てきたという話だった。サラリーマンとしては、自分や自分の部門の悪いことをいうのは大変困難なことである。それを400出たのはすごいことである。400出るまでにどのくらい時間がかかり、また、どうしてそんなに多く集められたのか。
A:集まりのリードをしてもらったのが高教授で、その人柄もあってハートツーハートで接してもらったという点がある。また、不祥事からリーダー会議合宿までが1.5ヶ月、それまでの苦難が本当に大きなものだったので、社員を本気にさせたと思う。
Cサービス残業
Q:サービス残業をやめて残業代を出すと採算があわないというのに、どうして、サービス残業を辞めるということを徹底できたのか。どうやって可能にしたのか。
A:それまでは食肉業界の独特な風習もあり、サービス競争も激しい。無理な要求をお断りするようになったケースもある。経営トップがコンプライアンスを徹底すると宣言しているのに、時間管理だけは別と言うわけには行かない。全ての面においてトップの方針を浸透させることが重要だ。
D古い世代への対応
Q:ルールを守って利益を上げるやり方がわからないタイプの管理職に会社はどうやって指導していくつもりか。
A:コミュニケーションを中心とした研修を徹底的に実施する。マイナス情報をどんどん伝えると言うことも、意識を高めていく上で大事なことだ。
E日ハムの優勝
Q:社長のコミットメントがいい会社であるようだが、日ハム優勝のうらにもそれがあったのか。
A:答えになってないかもしれないが、社内では日ハム優勝が決まる前から盛り上がって、社にとって他に代えがたいとびきりうれしいニュースであった。
F企業倫理の教育体制
Q:企業倫理の事業所での教育はどのような体制で行っているか。
A:就業後2時間使って行っている。当然残業手当はつく。また、コンプライアンス大会ということで発表会などのイベントを行いすばらしい発表が行われることもある。セクハラ・パワハラの問題があったが、これは社外の人に知恵を借りたりしながら、対策を開発した。
Gグループ企業の範囲
Q:日本ハムグループ企業の範囲は。資本関係のない出入り業者も含めて教えてほしい。
A:持ち分会社を含めて113社ある。
J行動規範ハンドブック
Q:行動規範ハンドブックは役に立っているのか
A:毎朝始業時に読み合わせたり、研修で必ず解説を盛り込むなど、。
Q:より役立つようしていくために何をしていくべきか。
A:例えば行動規範策定の際にできるだけ多くの人に加わってもらい、参画意識をもってもらうようにしている。また、マイナス情報を発信する際に、行動規範のどこに触れるのかを付記して発信している。
K社員のやらされ感、マンネリ感対策
Q:社員のやらされ感やマンネリ感への対策はどうしているか。また、事務局側としても風化させないための方策はどうしているか。
A:やらされ感は問題。しかしそれは、想定内の問題であった。不祥事後、3年間はトップダウンでとにかく進めるという覚悟をしていた。今後3年間は、社員の当事者意識を大切にしたコンプライアンス活動をしていこうとしている。コンプライアンス遵守というと暗いイメージ(不祥事を思い出して)がつきまとうが、明るいコンプライアンス活動を心がけたい。
新しい世代、すなわち不祥時以降の入社者も多くいて、その人たちにどう伝えていくかを問題として取り組んでいる。毎年8月はコンプライアンス月間というのはあるが、それに効果があると安心せずに、常に心がけて推進していこうとしている。コンプライアンス推進会議も、回数を重ねたところは、「ルールを守る」というようなレベルはもう当然のものとして消化しきって、今は、近所の子どもたちに仕事をしているところを公開するなどして交流することでコンプライアンス向上に努めようなんていうところも出てきている。
Mアンケート
Q:アンケート4回とられたのでしょうか? 一回目はいつですか?
A:一回目は2003年秋で不祥事のあとです。
Q:アンケートの各質問項目は、コンプライアンス向上の各項目と対応していると考えられるが、アンケートをとり続ける中で、結果が変わってきたという部分はないのか。
A:たとえば、以前は、いじめの一つの形としてのセクハラがあるというのが目についたが、対策を打ったところ、セクハラこそゼロにならないものの、いじめとしてのセクハラは大分減ったという結果が出ている。
N人事について
Q:事業所間の管理職の流動性、事業所から本社とか対策後で人事に関して変わった点があるか。
A:従来は異動はあっても積極的ではなかったが、今では意識的に動かしている。不祥事のときにはグループ会社のトップ動かしたし、今、事業部門間の人事交流なども行っている。ほかに、銀行などで取り入れているところもあるときくが、1週間あえて休ませてその間他のものが入って確認するというようなことも検討を始めている。また、事業所評価の賞について、今ではコンプライアンス面での評価が必須になった。
Oマイナス行動
Q:マイナス行動は、取り組みを始めた当初はまず報告数が増えるから一時増えるだろうか、いつかは減少していくこと、あるいはゼロになることが目指されるものではないかと思うが、そこらへんはどうなのか。
A:まずは報告が増えたことを、相談がしやすくなったのだということでよいこととして考えている。その上で、労災はゼロを目指しています。マイナス行動はこれからもあるだろうということで、特に目標値は定めていない。
Pサービス残業をなくした影響
Q:サービス残業をなくした影響は交通事故が減った以外には?
A:契約社員など一部の方などは、残業がなくなって生活費に響くようになったという声もある。
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