第13回 コールバーグ理論に基づくモラルジレンマ授業

荒木紀幸(神戸親和女子大学 教授)


1.私たちが提唱する新しい道徳授業

私たちの道徳授業は、コールバーグ博士(1927-1987)の道徳性認知発達段階説に依拠している。道徳性認知発達段階説は、理論の哲学的基礎をDewey,J.理論にもち、心理学的基礎をPiajet,J.理論にもっている。

我々は、モラルジレンマ授業を進めている。モラルジレンマ(道徳的な価値葛藤)を集団討議(話し合い)によって解決に導く家庭を通して、子どもの道徳的判断力を育て、道徳性をより高い段階に発達させることをねらいとした授業である。

2.発達の基本原理
2−1.発達の基本原理

Piajet,J.に基づいており、

  1. 道徳性の発達は基本的に一般的な知的発達と何ら変わらない。
  2. 道徳性を全ての人の人間としての権利や価値を平等に尊重することを正しさ、正義とみなす
と考えている。

「公正に関する普遍的原理」「役割取得の原理」「人間尊重への原理」への志向における発達を考える。

2−2.道徳性

道徳性は道徳判断の質の違いとなって、発達的に変化して表れると考えており、認知的構造の質的な変化から説明しようとしている。

2−3.発達を生み出す力

 認知的な発達は子どもの中に生じる均衡化への営みであり、道徳的な認知を不均衡にするためにはモラルジレンマが必要であると考える。モラルジレンマに遭遇すると、不調和や矛盾、あるいは不整合を感じ、この状況を正しく調整するために、自分の考えを変えたり調整する動機が生じる。

 子どもは小さな哲学者であり、道徳教育の目的は道徳性を発達させることにある。そのためには子どもを問題場面におく必要がある。認知的な葛藤や道徳的な価値葛藤を経て成長をすることができる。

3.道徳性の発達と構造

 コールバーグの道徳性の発達の道筋は図1のとおりである。認知能力と役割取得能力が合わさって、道徳性が高まると考える。集団の中で、他者を認知し、他者とのかかわりの中で葛藤を解決することを通じて道徳性を発達させる。

 モラルジレンマとして、有名なのはハインツのジレンマである。葛藤を抱えたハインツのとった行動に賛成か反対かを生徒に聞き、その理由付けをさせて、1〜6のどの段階かとうことを見る。

4.道徳性の測定と評価

  • 道徳性を測定する発達検査
    コールバーグStandard Issue Scoring Test
    Norm Element-Method
    レストDefining Issue Test
  • 公平性検査
    デーモンFair Distribution and Sharing Test
    役割取得検査Social-Perspective taking Test
<我々が標準化した発達検査>
  • 道徳性発達検査:規範―基本判断判定法(山田さんのジレンマ)
               公平性発達検査
               フェアネスマインド・・・※
  • 公平性発達検査(チョコレート課題)
  • 役割取得検査(木の上のねこ)

※フェアネスマインド検査
コールバーグ理論に基づき、モラルジレンマ課題を用いた検査。公平な心(公正観、正義感)をあらわす

5.コールバーグ理論に基づく道徳の授業方法

  • ソクラテスの産婆法とロジャースとの非支持的カウンセリング技法などに接点をもち、対話を重視した話し合いの授業を行っていく。
     クラスの学級風土では、公正で思いやりのある道徳的雰囲気が大事になってくる。また、民主主義に立脚した討論法も重要である。そこでは、他者の立場にたってものをみるという役割取得の機会があり、一段階上位の考え方に触れることもできる。また、行為の結果が他者にどのような影響を及ぼすかを推理する機会もある。
  • 授業時間は、1主題2時間を基本と考えている。まず、ジレンマに関する共通理解、次に、自分の考えの表明、次に教師を交えて話し合い、自分の考えを他人の考えと絡ませて吟味し、最終の判断とその理由をまとめる。
  • いすの配置や「お話作りする」など、対話や討論をしやすくする工夫も重要である。
     モラルジレンマに関する授業の感想としては、「意見をたくさん出して、皆で話しあったことが楽しかった」「紙に自分の考え書いたので発表しやすかった」「今までの道徳は答えがあったけれども、マツダ先生の道徳は答えがなかったというところが違った」なでであった。





Q&A:

1.役割取得能力
Q:役割取得能力とは、できるだけ多くの利害関係者の視点に立つことができる能力と考えてよいか。
A:役割取得というのは、他者の視点に立って、他者の考え方や感情を理解して、それを対人交渉に生かす能力と定義している。単に目の前の他者にとどまらずさらに上のものレベルとして、社会的なシステムに対する役割取得というものもある(perspective taking)。利害関係というのは段階2の損得勘定が強いかもしれない。そこからより発達していく。

2.道徳性の評価方法
Q:道徳性の評価方法について、もう少し詳しく教えていただきたい。
A:例えば「山田さんのジレンマ」では、ケースを見せて、賛否を聞いたあと、その両方の答えの人に対して等しく10問ずつ更なる質問をする。その中で、評価を行っていく。「山田さんのジレンマ」以外は時間がかかるので、子どもには適用できない。

3.コールバーグの道徳性の発達段階
Q:コールバーグの道徳性の発達段階では、第4段階で「社会システムの維持」があり、第5,6段階では「人間同志の合意の尊重」とか「あらゆる人の人間としての尊厳の尊重」が来ている。これはややもすれば、自分が好きなことを法律に従うことよりも優先させてよいというようなことになりかねないと危惧するが、どうか。
A.コールバーグは、第5,6段階に関しては、「道徳的価値は現実の社会や規範を超えて、妥当性と普遍性を持つ原則を志向し、自己の原則を維持することにある」と表現している。第5段階は、価値というものは個人や集団によって相対的なものであり、だからこそ同意に達するための手続きを強調し、社会契約や全体の公益を志向するということです。第6段階になって、普遍性、可逆性、指令性をもつ一般的な倫理的原則の道徳性で、普遍的な原理・原則につながって個人を見るということが言われている。これができる人の例としては、キリストとか仏陀とかキング牧師が上がっています。日本や米国の憲法レベルで第5段階といわれています。

4.コールバーグへの批判
4−1.
Q:コールバーグの理論にもいろいろ問題があるという批判を聞いたことがあるが、それについてご存知であれば教えてほしい。 A.それについては、「道徳性の発達段階:コールバーグ理論をめぐり論争への回答」(新曜社)に詳しい。また、『コールバーグ理論の基底』(佐野安仁、吉田謙二)にも指摘されている。私自身は、詳しくはわからない。

4−2.単純化への批判
Q:コールバーグの理論では、あるケースを想定するときに非常に文脈を単純化しなければいけないというデメリットがあるような気がするがどうか。
A:単純化しても理由付けの段階を行うことはできるが、確かに非常に抽象的というか非常に漠然としているという批判はある。あと、質の異なったさまざまなケースを用意して総合的に判断させることをやっている。

5.大人のための道徳性発達段階
Q:技術者倫理や工学倫理を教えたりしているが、道徳性の発達段階の話は子どもの教育だけでなく、大人の教育においても作ったほうがいいと感じた。
A:日常生活で私たちは、第2段階の損得勘定で動いている。それを少し進めた第3段階の「黄金律」「自分にしてもらう隊と望むとおり、人にもそのとおりにしなさい」。これは聖書の言葉であるが、このとおりにできればかなり高いレベルである。

6.コールバーグの理論は規範か経験則か
Q: コールバーグの理論は、こういう風に発達すべきという規範か、これまでの実証研究でわかってきた経験則か。
A:むしろ仮説というべきと考える。学校の先生が子どもたちと関わる中で、発達を見定める上での一つの手がかりである。