ミニ・ケース(8)小型アクロス・ザ・ライン・コンデンサ

電気電子・情報工学

 田所哲也は、フィルム・コンデンサ製造・販売の老舗企業フシミ電機(株)技術開発課で働く入社5年目の若手技術者である。コンデンサとは電気・電子回路を構成する重要な素子(部品)で、構造や用いる誘電体によって様々なタイプがある。フシミ電機が製造・販売を行っているフィルム・コンデンサは、誘電体として様々なプラスチック・フィルムを用いるタイプのコンデンサである。フィルム・コンデンサは音響特性に優れていることから、AV機器に用いられてきた。フシミ電機のフィルム・コンデンサは、その優れた電気的特性と納期対応の柔軟さから、常に同業界で50%近いシェアを保ち続けている。
 しかし、機器の小型化・低価格化・デジタル化が急速に進むにつれ、特にこの数年、AV機器へのフィルム・コンデンサの需要そのものが急速に減りつつある。そこで同社は生き残りをかけて、数年前から、優れた製造技術を活かして、高信頼性が要求される電源回路用アクロス・ザ・ライン・コンデンサ(Xコンデンサ)のラインナップの拡充を図ってきた。Xコンデンサは、電源回路の一次側(高圧側)に挿入され、機器内外で電流に乗ってしまう電気ノイズをカットする重要な役割を果たしている。電気ノイズに敏感な小型デジタル機器が増加するにつれ、電気ノイズ低減の必要性と要求水準は増す一方であり、小型のXコンデンサの需要が拡大している。哲也は、同社に入社以来、開発課でXコンデンサの製品開発に携わっている。
 一般に、Xコンデンサは、電源回路一次側の両極に並列に挿入されるため、落雷などにより定格を超える電圧が瞬間的に印加されても感電事故が起きない(絶縁破壊しない)ことと高度の難燃性が求められている。哲也は、ポリカーボネート(PC)・フィルムに金属皮膜を両面蒸着したメタライズド・フィルムを用い、エポキシ樹脂でコーティングした小型のXコンデンサを開発した。PCとエポキシ樹脂は難燃性に優れる。また、電極をフィルムに蒸着させて形成することで、瞬間的に高圧が印加された際の絶縁破壊を防ぐことができる。さらに、両面蒸着とすることで、コンデンサを大幅に小型化することができる。新開発のこのXコンデンサは、国内外の厳しい安全規格をクリアし、かくして、同社は同Xコンデンサの製造・販売を開始した。受注は好調であり、同社の業績も急速に回復しつつある。
 ところが、ある日、同社品質保証部に、顧客の家電メーカーの一社から、この新しいXコンデンサが組み込まれた電気炊飯器において、このコンデンサが異常発熱し発煙事故が起こったという報告が届いた。調べてみると、電子回路ユニットの防湿シールの取り付けが甘く、電源回路が炊飯時に発生する蒸気により多湿の環境に曝されていたことが分かった。加えて、たまたまその炊飯器に用いられたコンデンサのエポキシ被覆が基準の範囲内で薄めだったため、PCフィルムが吸湿劣化したことにより絶縁が低下したことが原因と判明した。
 早速、社長出席のもとに各部門長と新コンデンサ開発担当の哲也が集まって、検討会議が開かれた。会議冒頭、直属の上司である開発課長の「発煙したコンデンサが安全規格を満たしていることは確認済みです。今回は結露によりコンデンサ表面に水滴がついていたような状態であり、部品の欠陥ではありません。しかし、炊飯器のような家電製品では同じような問題が発生する可能性があります」との指摘に引き続き、哲也は、PCフィルムが吸湿で劣化することを説明し、エポキシ樹脂の被覆厚さを3割増しにするという改善策を提案した。
 これを受けて、営業部長は、それでは製造コストが増加するし、寸法が増すため顧客メーカーに設計を見直してもらわなければならなくなると指摘した。技術部長は「これはメーカーさんの製造上の不具合による事故です。我々の責任ではないと思います」と意見を述べた。
 哲也は「我々に直接の責任はないとは言え、これがエンドユーザーさんの命に関わる深刻な問題であることはお分かりでしょう。下手をすると、技術的に責任はなくても、我が社の築き上げてきた信頼性が吹っ飛びかねませんよ」と反論した。これに対し、品質保証部長は「だが、これは明らかにメーカーさんの設計・製造ミスだろう。それによって電気回路に水滴がついたような場合のことまで我々が面倒見ることはできないよ」との見解を述べた。
 その後、哲也に発言の機会が回ってこないまま議論は進み、最後に、社長が「この件については、我々の製品の明らかな品質問題ではないようだし、サポート体制を強化した上でしばらく様子を見ることにしよう」と締めくくり、検討会議は閉会した。

 もしあなたが田所哲也の立場ならどうするか。

上に戻る


Applied Ethics Center for Engineering and Science, Kanazawa Institute of Technology
contact e-mail: aces@wwwr.kanazawa-it.ac.jp