ミニ・ケース(7)保冷航空コンテナ

工学・化学

 森本好夫は、横川保冷輸送(株)商品開発課で働く入社5年目の若手技術者である。同社は、業務用保冷輸送システムの開発・販売を行っている老舗企業である。同社のシステムは、その高性能と高信頼性が運輸業界では評価されている。しかし、運輸業界のビジネスは厳しさを増す一方である。同社においても、顧客からの値下げ要求は激しく、顧客をより安価なシステムを提供する同業他社に奪われる事態も起こっている。そこで同社は生き残りをかけて、数年前から、保冷性能と信頼性を武器に利益率の高い航空コンテナ輸送に進出するためのプロジェクトを進めており、多額の予算を投じてきた。その中で、好夫は、航空貨物用保冷コンテナの開発に携わっている。
 一般に、航空貨物用のコンテナには軽量性と高度の難燃性が求められる。したがって、コンテナの壁厚を薄くしなければならず、また、エンジンなどで駆動する冷凍機をコンテナに備えることも出来ない。そこで、航空貨物用保冷コンテナの多くは、ドライアイスを用いてコンテナ内を冷却する。安全性は高いが、換気を十分に行わないと窒息事故を引き起こす可能性がある。好夫は、KIT大学在学中に「プロジェクトデザインIII」で学び、経験したことを活かして、吸収性樹脂(自重の100倍以上もの水を吸収することができる高分子物質)を用いた蓄冷材を冷却材として使用し、新開発の薄型軽量真空断熱材をコンテナ内壁に張ったコンテナを開発することが出来た。新開発のこのコンテナは、蓄冷材の冷却温度と使用量を調節することにより、コンテナ内の温度をマイナス10度からプラス10度の範囲内で任意に設定することができる。さらに、断熱性能がよいため、社内テストでは外気温30度の条件下で36時間にわたってその温度を維持する(設定温度のプラスマイナス2度を保つ)ことができた。かくして、同社は、余裕を見てコンテナ内温度の維持可能時間24時間を保証する保冷コンテナとして、同コンテナの販売を開始した。従来の保冷コンテナよりも3割以上も高性能なこのコンテナの売れ行きは極めて好調であり、同社の業績も急速に回復しつつある。
 ところが、ある日、同社品質保証部に、顧客の航空会社の一社から、新コンテナに問題が生じたという報告が届いた。新コンテナで輸送中のアイスクリームが溶けてしまったというのだ。このクレームを受けて同部が全ての新コンテナに取り付けてある温度モニターのデータを調べてみると、新型コンテナの0.5%あまりで、保証範囲内ではあるが断熱性能のかなりの低下が見られた。性能低下が見られたコンテナを調べてみると、手荒に取り扱われたために、薄い外板を通して断熱材に圧力が加わりその個所の断熱性能が損なわれたことが原因と判明した。
 早速、社長出席のもとに各部門長と新コンテナ開発担当の好夫が集まって、検討会議が開かれた。好夫は、断熱性の高さが新コンテナの肝であることを説明し、断熱材を二重にするという改善策を提案した。営業推進部長は、それでは、製造コストが増加する他、重量増加と容積減少により新コンテナの商品競争力が損なわれることを指摘した。品質保証部長は「同コンテナの仕様書には、通常コンテナよりも慎重に取り扱うことという指示が明記されており、製品の欠陥ではありません。しかし、性能が低下したコンテナが猛暑日に3時間以上屋外に置かれた場合、コンテナ内の温度が20時間程度しか維持できない可能性があります」と報告した。航空事業部長は「問題のコンテナは航空機への積み込み作業時の手順ミスにより、搭載されるまで露天に4時間放置されていました。保冷輸送が必要な貨物を長時間屋外に放置したのはそもそも航空会社側の問題ではないでしょうか」と意見を述べた。好夫は発言しようと手を上げたが、会議の参加者全員に睨まれ、発言することができなかった。最後に、社長が「この件が重大な問題に発展する可能性は十分低いようだし、サポート体制を強化した上でしばらく様子を見ることにしよう」と締めくくり、会議は終わった。
 釈然としない好夫は、上司の商品開発課長に「我々のコンテナが医薬品などのミッションクリティカルな輸送や国際貨物に使われていることを考えれば、これが深刻な問題であることはお分かりでしょう。うちのコンテナの性能マージンがこんなに低いと思われることになれば、技術的に責任はなくても、我が社の築き上げてきた信頼性が吹っ飛びかねませんよ」と詰め寄った。しかし、課長は自身の異動に伴う後任との引き継ぎに追われており、「分かった分かった」と言うだけで行動を起こす気配はない。

 もしあなたが森本好夫の立場ならどうするか。

asahi.com北海道版2007年9月1日付、アイスジャパン社に関する記事に着想を得て作成

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