ミニ・ケース(4)除草剤耐性作物

バイオ・化学

 秋田忠彦は近未来の遺伝子組み替え作物デザイン会社に勤めるエンジニアである。入社して3年、秋田は初めて自らがデザインした除草剤耐性作物を商品として出荷する段階にたどり着いた。彼がデザインしたのは、除草剤耐性が極めて高く、耐寒性も備えた稲の遺伝子であった。
 秋田のデザインした稲の遺伝子の特性が、オーストラリアの穀物商社のエージェントの目にとまり、今回契約を取ることができたのだった。秋田の上司の白沢はこの契約をとても喜び、さらにアメリカの穀物商社への売り込みに躍起になっている。
 契約から数ヶ月後、秋田は自分のデザインした稲の実り具合を確認するためオーストラリアに出張した。視察した農場では陸稲で稲作を行っており、その畑の規模の大きさには度肝を抜かれる思いだった。作付けは飛行機から苗を蒔くことで行い、その後は定期的に除草剤や殺虫剤を空中散布することで雑草や害虫を駆除している。
 稲の実りは概ね順調で、農家の主人エドワード・スミス氏も満足している様子だ。秋田も自分の仕事に満足し、広い畑を見渡して心地よい気分を味わっていた。ところが、畑の中で風になびく稲の波の見ていると、所々に若草色の稲が揺れている。不思議に思い近づいてみると、野生種の稲が他の稲と混じって風にたなびいていたことがわかった。秋田は嫌な予感がして、その野生種の稲を一本サンプル保管瓶に入れ日本に持ち帰ることにした。
 研究所で調べてみると、案の定、自分のデザインした稲と野生種の稲の交配種であることが分かった。今回のデザインでは、耐寒性を高めるために野生種の遺伝情報を大量に組み込んでおいたのだが、それが裏目に出たのだった。秋田はこの事をすぐに上司の白沢に報告した。それに対して白沢は冷静にこう言うのだった。「この件は口外無用だ。取引先からは何もクレームは来ていない。それよりこの稲はヒット商品になるぞ、アメリカの穀物商社も乗り気になってきたんだ。ひょっとすると今年の我が社の売り上げは昨年より3倍に跳ね上がるかもしれないぞ。」
 秋田はこれに対し反論した。「私のデザインした遺伝子が野生種に広まっているとしたら、雑草である野生種にまで除草剤耐性がついてしまうことになりますよ。そうなれば、これまで使用してきた農薬が通じなくなってしまう。アメリカでも同様の野生種があれば、同じような事態になりかねません。すぐに作付けを中止するように、オーストラリアの取引先に伝えるべきではないでしょうか?」白沢はこれを聞いて大笑いした。「それこそビジネスチャンスじゃないか。これまでの農薬が使えなければ、新しい農薬を開発する企業が出てくる。そうなれば、我々の出番だ。新しい除草剤耐性作物を君がデザインすればいいんだよ。」
 これを聞いて秋田は黙ってしまった。

Q. あなたが秋田だったら、この後どうすべきか考えてみよう。

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Applied Ethics Center for Engineering and Science, Kanazawa Institute of Technology
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