防災放送のアナウンス訓練システムAEGISについて

 


1        はじめに

災害時に際し、避難指示が出た場合の情報伝達としてはテレビやラジオなどが考えられます。また、スマートフォンや携帯電話でも緊急速報を配信しています。一方、防災放送は行政からの情報を地域に即した形で情報伝達できるというのが特徴でしょう。これは農村、漁村など、情報機器を保持せずに作業を行っているような場合に特に有効です。

防災放送は明瞭な受聴が前提です。聞こえるようにスピーカを設置することは大事なことです。しかし、それを聞いて逃げるかどうかはまた別問題です。非常ベルが鳴っても誰も逃げないという場面はしばしば見受けられます。めったにないことに関しては、誤報を疑ったり、大したことはないだろうと考えたり、危険性を感じ取れないのです。いわゆる「正常性バイアス」というものが存在しているのです。

 

東日本大震災の折、津波警報の避難の放送を耳にしても残念なことに多くの逃げ遅れが生じました。その一方で、呼びかけの工夫によって多くの人を避難させることができた事例もあります。茨城県大洗町の事例です。この町では町長と消防の機転により、一部を命令形で呼びかけることで逃げようという意識を高め一人も死者を出しませんでした[1,2]

この事例を奇跡とせず、今後に生かすためには、話し方を工夫することが求められます。誰でもすぐに適切な話し方をするのは難しい上に、現状のマニュアルと異なることが多くなるでしょう。マニュアルそのものの見直しも同時に検討する必要があります。

このような話し方の練習やマニュアルの検討を行う際に、実際の放送システムを使った練習はできません。リアリティをもって確かめてゆくには、仮想的にでも実際の状況を作り上げて、そのうえで検討せざるを得ません。そこで、自分の音声がどのように受聴者に聞こえるかを模擬する仕組みを作り、放送の訓練ができるシステムを作成いたしました[3,4]

2        防災放送訓練システムの構築

2.1   システムの要件

話者のアナウンスは、受聴者に届くまでに長距離を伝搬し、複数の反射音が存在します。これを厳密に再現するのは現在の技術では難しく、またある特定の点でしか再現することはできません。どのように聞こえるかをおおよそのレベルで理解できる程度に模擬することが必要条件となります。そのため、いくつかの反射音を想定し、相対的にどの程度減衰し、音質を調整し、環境音を付加するということを行いました(fig. 1)。

伝搬音の模擬については、長距離伝搬に伴う距離減衰とロング・パス・エコー、スピーカの性能や壁の透過による周波数特性の変化などをそれぞれ独立して近似的に模擬します。

スピーカは点音源を仮定し、受音点までの距離から、直接音、反射音の減衰量と時間遅れを定めます。また、スピーカ特性として高音域と低音域を減衰させました。受聴点を室内とした場合には、壁の遮音(透過損失)も加えます。

一方、アナウンス以外の音も、受聴者には聞こえます。周囲の環境音として任意の音を任意の音量で付加できるようにしています。

アナウンス音はあらかじめ録音したものも使えますし、その場で録音もできます。再生時には単発再生とリピート再生を選択できます。再生された音は、話者自身による自己評価がすぐさま可能です。また、第3者に聞かせてSD法のような心理的測定法を用いて評価することで、客観性のあるものとして可視化できます。

 

fig-1

Fig. 1 Conceptual diagram of training system

 

2.2   アナウンス伝搬シミュレーションの実装                                                                       

文献[4]のプロトタイプではフリーウエアのPureDataを用いましたが、今回、実用性を高めるため、Max7というソフトウエアを用いています。WindowsでもMacでも稼働可能です。システムのオペレーション画面をFig. 2に示します。

数値はキーボードまたはスクロールで設定します。ファイル選択は別ウインドウからの選択となります。イコライザは、マウスによってドラッグすることで出力レベルの周波数特性を調整することができます。反射音状況の簡単な補足説明図(Fig. 3)は、イメージを伝えるためのもので、値に応じて変わるものではありません。その他、実装のための基本仕様を以下に示します。

(1) アナウンス音声:録音(デモ音声も用意)。

(2) 環境音:降雨音、重機音をプリセット。

(3) 受音点距離:任意(デフォルトは1km)。

(4) 反射物:5個まで設定可(ランダム設定も)。

(5) スピーカ周波数特性:グラフィックイコライザによって設定。変更も可能。

(6) 壁体の遮音性能:T-1等級(JIS A 4706)のサッシの特性を模擬。

 

fig-2

Fig. 2 Screen of the system operation

 

fig-3

Fig. 3 Explanatory diagram of the reflected sound

 

3        本研究における成果と今後の展開

このシステムは、現在の一般的な性能のPCにて運用可能なものです。これを用いることで簡単に実用的な防災放送訓練を行うことが可能となります。市販する予定は今のところありません。ワークショップの実施要望があれば行うことができます。自治体の職員の方の訓練だけではなく、一般市民に対してもアナウンスの体験は防災教育としての効果を見込むことができます。ご要望がございましたら、まずは土田までご連絡ください。

 

謝辞

本研究では、卒研生の笠松尚矢氏、針田智氏、上坂恭平氏、裏野剛史氏、中西大貴氏による協力を得ました。Max7での開発は小山和音氏によります。なお、本研究は下記の補助を一部受けました。

JSPS科研費2361104および15K00700

・平成25年度採択 文部科学省 戦略的研究基盤形成支援事業「南海トラフ超巨大地震に対する実効性ある防災対策に関する研究」

 

参考文献

[1]     吉井博明, 避難勧告・指示と住民の避難行動, 日本災害情報学会誌, No.4, 2006.

[2]     井上祐之, 大洗町はなぜ避難せよと呼びかけたのか, 放送研究と調査, 11月号, 32-53, 2011.

[3]     土田義郎, 防災放送の訓練システムに関する基礎的検討, 日本建築学会大会 学術講演会梗概集, Vol.防火, 435-436, 2013.

[4]     土田義郎, 超巨大災害発生時の避難勧告・指示の効果的情報伝達対策, シンポジウム「南海トラフ巨大災害の防災対策について」, 金沢工業大学地域防災環境科学研究所, 32-33, 2014.

[5]     土田義郎, 1-9-16 防災放送のアナウンス訓練システムの実用化, 日本音響学会春季研究発表会, 1-9-16, 1603-1604, 2016.

 

このwebページは文献[5]に基づいて作成されています。

Last modified: 2016-06-22

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